G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

ラジオから傑作「傑作が落ちてくる」が降ってキタ

 え? これ、NHK? 放送してて大丈夫?

※参考資料は文末

あらすじ

 主人公の阿部悠介(33)はヒモのクズ男。定職につくことなく、恋人の千尋(29)をキャバクラで働かせ、食わせてもらっている。
 ある日、悠介は酔っぱらって階段を転げ落ちる。ボロボロのフラフラで帰宅すると、どういうわけか一篇の小説を書き上げてしまう。出版社に勤めている後輩の一ノ瀬(30)を無理やり呼び出し、読んでもらう。一ノ瀬は悠介の小説を一読して「傑作」と断言する。

 印税が入ってくると思いこんだ悠介は、競馬で散財。借金取りに捕まり、階段から突き落とされ、そして…二作目の傑作小説を書いてしまう。どういう理由か悠介は、階段を落ちると無意識に「傑作」を書き上げるという特殊能力を手に入れたのだ。

 作品の出版が決まり、入る金額も上がっていく。定職を探す気はなく、散財しては、長い階段を探すハメに。

 親身になって心配してくれる彼女、落ちて傑作を書いてほしい後輩の編集者。NHKのラジオドラマ史のなかでも、先がまったく読めない傑作!(*1、3)

NHKだよね?

 聞いていて、これ放送して大丈夫? と心配になるクズ男っぷり。月刊「ドラマ」に載った批評では、

松浦「~主人公が無茶苦茶不謹慎な奴で、傑作を書いたらどんどんまた借金して車も買ってしまう。我々はややもすると主人公が真面目な人や一本気な人にしがちなのですが、ここまで不謹慎な主人公なのに共感する、惹きつけられる。~」

 そうなんですよ! このキャラクターになぜか、惹きつけられるんっす。しかもとんでもないキャラは主人公だけじゃないから、もう大変。早く先の話を教えてくれ〜って状態になる。

裏側こうなってんのかぁ

 キャラクターが面白いだけでなく、物語の設定も楽しい。芥川賞の記者会見、暴言を吐く方がいましたよね。あの人、なんであんなこと言ったんだろうって一度は思ったはず。その疑問に答えてくれる。ああ、こうなって、ああなったから、言ったのかあ、みたいな。ラジオでもイメージしやすいため、ハマる。
 記者会見あるあるかもしれませんが、「自分の作品読んだことないんで」みたいなシラコイ奴もいますよね。超天才なのか、質問が鬱陶しいのか、なんなのって思ってましたけど、本当に読んでないパターンの主人公。おもろ。
 所変わって、競馬場でも「死ぬ気でいけ!」って叫ぶ人もいる(気がする)。物語として面白いのは、そのむごい声援をあとで自分がいわれるハメになること。舞台裏では自分に跳ね返ってくるみたいで鳥肌もの。

物語で登場する傑作について

 劇中の物語についての批判が面白いので、引用してみたい。

藤井「~小説の内容に多分作者はあえて触れない方針でお書きになってると思うのですが、恋愛ものであるとか冒頭の台詞を言って感激するとかがないと、傑作ですと言いつつ、実態が分からないまま売れませんでしたというのに説得力がないので、私は足しが方が良いのではと思いました。」

 うひゃー、さすが! かっこよ。現場の人はこう考えるんですねえ。

大橋「~30分ならいいけれども50分なら手が足りない。~クズ男の欲望が肥大化していくに連れて、体へのリスクと稼ぐ金額とがどんどんエスカレートしていくという方向だけで進んでいくのが、ちょっと一本調子でしたね。傑作が書けてしまう才能に対して主人公が与えているポジティブな評価が、どこかで急転直下してしまう……というようなことになったら面白いのに、~」

 一本調子には聞こえませんでしたけど、たしかに、この案はめっちゃいい! なかでも樋口氏のコメントは感動的ですらある。

樋口「~今ふと思ったのですが、主人公が死なずにひたすらどん底になって、もう人生どうでもいいって思った時に、ふと一冊の本を読んで死ぬほど涙が出るほど感動した本が、一切読まなかった自分の本だった~(略)~自覚的に書こうとしたら一切落ちれなくなる、そこには人は何かをしようという欲望、分かりやすいそのお金や名声に自分を満たす欲求を持った時に、うまく行くとか行かないとか~」

 これだ、これっす。これをやってたらマジ歴史的大傑作だったわ。(*2)

オーディオドラマっていいね

 『傑作が落ちてくる』で阿部悠介役を演じた玉置玲央氏は
「~みんなで支え合いながらせめて心の距離だけでもと、密なやりとりが出来るのがオーディオドラマの醍醐味だと思います。~」(*3)とコメントされている。
 オーディオドラマは聞き手の心持ちをプラスにもマイナスにも変化させる力を持っている。それは、密なやりとりができるから、なんっすよね。やっぱオーディオドラマっていいっすね。

 

【参考資料】
*1:FMシアター「傑作が落ちてくる」初回放送日: 2022年5月28日
*2:「月刊ドラマ」映人社、2022年5月号
*3:FMシアター番組ホームページ〈https://www.nhk.jp/p/rs/M65G6QLKMY/episode/re/5427YR333Z/〉「傑作が落ちてくる」