G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

「高天原探題」のレビュー [後編]

 本の紹介では「比類なき独創性を放つ闘いと純愛の伝奇SF」とあります。全体としては、男の子ならいつかどこかで一度は体験済みの戦隊ものです。面白いのは、そこに純愛の要素とか、SFとか考古学とか、いろいろとミックスしてあるんです。

高天原探題 (ハヤカワ文庫JA)

高天原探題 (ハヤカワ文庫JA)

 

オーディオドラマの「没入感」

 読書していると、文字を追いかけている感覚がなくなって、物語に没入していること、ありますよね。オーディオドラマはあの感覚を強制的におこしてくれる媒体です。ですから、ハマるとただ事ではなくなります。
 没入のさきに、「鳥肌没入」があります。このドラマで、存分に味わえます。ポイントは、言葉の選びかたです。(興味がありましたら「高天原探題」のレビュー[前編] - オーディオ フィクション アトリエ←こちらに少し書いてます) 

ドラマ中、いきなり読経!

 観光客でにぎわう清水寺で事件発生。観光客やお坊さんたちも心を操られ、何人もの人が地面にぐったりしている。まるで災害現場。清水の舞台の奥に、お坊さんが何人も正座しているらしい、で、大音量のお経の声。そりゃぁ、小説でお経より、ラジオでお経が聞こえてきたらビビるでしょう。
 法事か何かで正座させられ読経を聞くと眠くなりますが、アパートの一室でテレビと薄っすらお経がミックスされるて聞こえると怖くなりますよね。あれと同じです。

 では、その問題のシーンを小説とオーディオドラマで引用比較してみます。

小説

「そして車寄せにたどりついた寺沢はさすがにあ然とさせられた。ここからさきはひときわ異様だ。本堂の南側は右翼の楽舎から清水の舞台にいたるまで、五〇を下らない老若男女が厳粛な雰囲気で床に座していた。背筋をのばしてほとんどが正座し、あぐらをかいている者もなかにはいる。整然とした印象を覚えないのは、間隔も一様ではなく、体をむけた方向がまちまちだからだ。
――経をとなえる声がする。」

(三島浩司『高天原探題』ハヤカワ文庫、2013 p.207~)

 

オーディオドラマ

蛭川「寺沢何がおこってる?」
寺沢「被害者たちが舞台から飛び降りようとしています。玄主に操られています!」
蛭川「飛び降りを阻止しろ」
寺沢「お、でやぁ、こんどはあっちか、おいやめろ、そこ、まって、とまれ!」
蛭川「寺沢ひとりの犠牲者もだすな。がんばれっ」
寺沢「おい、まって。うおぉ、…だめだ、きりがない」
蛭川「寺沢、クスが遅れて到着した。今向かってる」
寺沢「コロモさんが…」
ナレーション その時、八号玄主が寺沢の方へ振り向いた
効果 大きめの音で読経
寺沢「おい、一体何を?」

(NHK FM青春アドベンチャー」『高天原探題』第6回2019年3月18日(月)21時15分放送)

 

愛があれば、どこまで踏み込んでいいの?

 まずは、比較をご覧ください。

小説

「清美!」
「うん!」
「オレと結婚してくれないか!」
 いまというあまりにふさわしくない状況でのプロポーズ。しかし清美はなにも考えずに力強くうなずいた。
「うん!」
 俊樹の血走る目が接近してくる。その右手ににぎられたむきだしの都牟刈銅剣。ひじ関節から手のさきほどもない長さの銅剣。紡錘形ながら、まっすぐな、金色の銅剣。その破壊の剣が~

(三島浩司『高天原探題』ハヤカワ文庫、2013 p.301~)

 

オーディオドラマ

ナレーション ~その手にはむきだしの一号銅剣、まっすぐな、金色の銅剣。その寺沢が銅剣を振り上げた。
寺沢「清美、好きだ。ボクは清美が好きだ!」
清美「わたしも好き、俊樹が好き」
寺沢「清美、ごめん。でやぁー!」

(NHK FM青春アドベンチャー」『高天原探題』第6回2019年3月22日(月)21時15分放送)

 このようにですね、小説ではプロポーズしちゃいますが、オーディオドラマでは告白止まりなんですね。この違い、面白くないですか。
 文字なら結婚しようまでいえるのに、音では無理なんです。リアリティーがありすぎて、嘘っぽくなってしまうのでしょうね。