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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

阿木翁助『夜の河』レビュー

 脚本を読んだだけでアガサ・クリスティ並に面白い。
 阿木翁助『夜の河』の見事さは、構成からもわかる。物語を追う形でレビューしてみたい。
(※引用はすべて、阿木翁助「夜の河」『現代日本ラジオドラマ集成』沖積舎、1989)

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1、「西山さんの話」

 夜中に事件発生、泥棒が侵入してきた。だが、様子がおかしい。

  • 普通の夫婦が、事件に巻き込まれる!

西山 なんだろう? 喧嘩かな?
うら あんた……出ないほうがいいよ。危ないから……
西山 あれ、女の子の泣き声だ……ようすをみよう……

 ここから泥棒との格闘がはじまるのかと思わせて音楽、すでにたちまわりは終わっている。残されたのは、若い男(松永)と、泣いている女の子(真知子)。居合わせた彼らが追い払ってくれた、らしい。

 彼らは血縁でも何でもなく、世話になった上司(亡くなった)の子どもらしい。不幸な身の上を聞き、若い男には倉庫会社へ住み込み仕事を斡旋してやる。子どものない西山夫婦は、女の子を引き取る決意を固める。

  • 夫婦に子ができる

2、「西山うらさんの話」

 奥さん(うら)の長い独白から始まる第二章。ここで、彼らが個別に証言する形で進行する物語だとわかる。
 事件性を持ちつつ、ナレーション中心で進行してゆくと、オーディオドラマは最強。活字のはずが声が聞こえてきて、簡単に没入してしまう。

 事件が妙な終わり方をしていることから、芥川龍之介『藪の中』(黒澤明監督『羅生門』)を想起させられる。
 

 真知子ちゃんの卒業式、自宅に松永さんも呼んで祝うことになる。育ての親である西山さん夫婦は、感動して変な気合とお酒が入っている。

うら 大丈夫なの、松永さん、そんなに酔っぱらって……泊まってったらどう?

松永 大丈夫、大丈夫、や、真知ちゃん! 元気でな……幸福になれよ。お前は自由だ。誰にも気兼ねはいらん。何でもしたいことしていいぞ。

真知子 はい! 松永さん……お気をつけて……

  • 子どもの門出+結婚話

 奥さんは、松永と真知子をくっつけようと二人の気持ちをさぐる。満更でもないふたり。ここから結婚式へと展開するのかと思いきや、松永が逮捕されてしまう。強盗の仲間だったというのだ……。

  • 幸せを掴んだというのに、信じられない出来事が!?

3、「金井の陳述」

 松永とは終戦の翌年に闇市でであい、仲間になった。戦争で同じ隊だった准尉が親分で、松永は兵長、金井は一等兵
 豪雨のなかある洋館に忍び込んだ。おどろいたことに、そこの親父が猟銃をぶっ放してきた。逃げるときに二人とははぐれた。仕方なく、一人で仕事をして失敗、刑務所にくらいこんで恩赦になって、パタリとあったのが松永だ。

 松永は、勤めている倉庫を襲わないかと誘ってきた……。

金井 ~なに? 新村マチ子、マチ子と、あ、それが准尉の娘だ……ヘエ、そいつが松永と結婚することに? ……ヘエ大した野郎だねえ。ハア……ひょっとすると、准尉は松永にどうかされたかもしれねえな。~

  • 身近な人の知らない話が出てきて、困惑させられる

 ここまでお膳立てされると、早く先を知りたくてたまらない。

4、「松永の陳述」

 なんとか復員して、飲み屋の食事にありつく。気づくと、スリにあって財布がない。

女 兄さん、この復員、さんざ飲んどいて、財布がないんだって……
金井 ヘエ? ……あれ、松永じゃねえか……
松永 おお金井!

戦友の金井に出会う。金井は、派手な色のシャツに女物のつっかけ下駄。奥に通され准尉と再会し、また酒をのむ。

新村(准尉) カストリは、足にくるな……ああ、おれたちも人生の敗残者だよ……あんな男(金井)のごちそうになって……

 准尉の家というか物置のような宿まで送ると、当時十二歳だった真知子がいた。准尉は自分にはこの子だけで、外には何もないという。
金井にまた呼び出され、儲け話をきかされる。そして決行、だが准尉は死亡してしまう。

松永 しっかりしろ、新村(准尉)さん、新村さん……
新村 もう、いけない……いっそ戦場で……死ねばよかったんだ……どうせ兵隊しか役に立たない自分だから……いのちはおしくないが……むすめが、真知子が可哀そうだ。強盗に入りそこねて殺された父親をもたせたくない……どうかあとしまつをうまくたのむ…~

 准尉は松永にお金と娘をたくす。これは松永が裁判長に話しているのだとわかる。西山夫妻へ深い感謝の気持ちもつたわる。

  • なんだ、そういうことか、よかったよかった

5、「真知子の祈り」

 ここまでの取り調べで物語は終わっている。ここからは、真知子ののモノローグで、しみじみと良い話であったことを楽しませてくれる。いい映画をみた後のエンドロールのようだ。

真知子 ~戦争に生き残った人間が、生きていてよかったと思われるような世はいつ来るのでしょう。私は人間の善意を信じ、愛情を信じ、あきらめずこの日を待とうと思います。

 テーマをそのまま言ってしまうセリフを最後にもってくるなど、今では考えにくい。しかし、本作の放送は昭和27年の7月。戦争の傷にかさぶたが覆い始めたころなのだろう。セリフから当時の空気感が伝わる。

 完璧にデザインされた、美しい脚本。まったくもって素晴らしい。

 

追記

 本作の主人公(松永)を演じたのは岡田英次氏。1978年のドラマ版『白い巨塔』で 里見先生を演じ、1964年の映画『砂の女勅使河原宏監督では、主人公の男を演じた名優、らしい。