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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

コロナウイルスと宇宙人襲来の相似点

 新型コロナウイルスの感染拡大による世界的なパニック。それは「まるでSF映画だ」などと指摘される。ウイルスが蔓延する世界を描いた映画のことを指しているのだろう。だが、宇宙人が襲来する映画にも似た部分がある。
 スピルバーグ監督『宇宙戦争』主演トム・クルーズ版のキャッチコピーは「彼らは、すでに地球(ここ)にいる。」だった。おそらく、これからも新型のウイルスが出てくるだろう。共存するしか道はない。でも、どうやって? なにか今を楽に生きるヒントはないだろうか。

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 宇宙人が襲来する映画には、日常生活を描いたシーンが挟まれる。日常といっても、宇宙人襲来の後なので、一杯のコーヒーが非日常になってしまう。ホッと息をつかせながら、怖がらせてくる場面だ。
 今回は、そんな日常生活シーンを複数引用してみたい。現実の日常生活が非日常になった今、参考になるシーンだからだ。

 

名作映画「宇宙戦争バイロン・ハスキン

(引用 1953年『宇宙戦争』監督バイロン・ハスキン NBCユニバーサル・エンターテイメントDVD 6、農家)

宇宙戦争 (字幕版)

宇宙戦争 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 卵焼きが出来上がり、シルビアはフライパンからお皿へよそっている。博士はオレンジジュースを冷蔵庫からテーブルに。

博士「助かった、もう何時間も食べていない。うまそうだ。私は外食が多くてね」
シルビア「家は?」
博士「いや、大学に住んでる」
シルビア「私の家は大家族で、みんなミネソタにいるわ。私以外は」
博士「私には両親も親戚もない。大家族って、うらやましいな。寂しくないだろう」
シルビア「でも、こういう時は心細いわ」
博士「無事に抜け出せるよ。心配しないで」
シルビア「(オレンジジュースを入れながら、怖い顔をして)彼らは何でも殺すわ」
博士「生物なら弱点があるはずだ。食い止める手がある。私はもっと近くから相手を見たい」
シルビア「怖い思いをしたことが子どもの頃、一度あるわ。なぜか迷子になったの。家族や知り合いが捜してる間、……私は教会のドアの陰にいたの。大好きな叔父様が、来てくれるようにって祈りながら。(悲しく怖い表情になって)コリンズ叔父様よ」
博士「好きだった」
シルビア「叔父様も。わめき出しそう」
博士「君はそんな人じゃない。寝てないし、疲れただけだ。飛行機で不時着したり、溝で眠ったり、無理もない。でも君は立派だよ」

 シルビア、やっと笑顔をみせてくれる。博士は彼女の手にそっと自分の手を重ねるが、窓の外へ視線をおくる。一瞬、窓が青緑色に光る。椅子を蹴って窓へ。彼女の頭を抱えて窓から離れる。
 赤い円盤が衝突して家をメチャメチャにしてしまう。画面の奥にも新たにもう一つ、尾を引いて落ちていく宇宙船。~


 こうしてみると、些細な言葉が引き金になり日常が非日常になってしまう。
 つまり、博士の「~大家族って、うらやましいな。寂しくないだろう」という些細なセリフから、シルビアは「でも、こういう時は心細いわ」といいつつ、宇宙人襲来を思い出してしまう。良くないのは、同時に過去の怖い体験も思い出してしまう点だ。
 「今ここ」に集中する必要がある。今更どうしようもない宇宙人襲来以前の怖い記憶を呼び起こす必要はない。今の自分の身体感覚に集中すべきなのだ。そうわかっていても、やってしまう。
 考えてみれば、これは新型コロナウィルスが終わってからも、使えるスキルだろう。

 

スピルバーグ版「宇宙戦争」主演トム・クルーズ

(引用  2005年『宇宙戦争』監督スティーブン・スピルバーグ パラマウントDVD 8、家にたどり着いて)

宇宙戦争 (字幕版)

宇宙戦争 (字幕版)

  • 発売日: 2014/07/01
  • メディア: Prime Video
 

 ~
レイ 食い物…パンがある。よし、こいつで、サンドイッチを。(雑に袋から全部だす)配るぞ。ポーカーだ。お前に2枚、ロビーに2枚。俺に2枚、“親”に一枚。(これも雑にピーナッツバターの蓋をテーブルに投げ捨てる)食べ終わったら教えてやろう。ポーカーとか、ブラックジャック
レイチェル ピーナッツ・アレルギーよ
レイ (笑いながら)いつから?
レイチェル 生まれた時
レイ …そうか、分かった。パンだけ食え。
レイチェル お腹いっぱい
レイ そうか。(ロビーをみて)じゃ、ロビーと食おう。ジャム塗るか?
ロビー 要らない。
レイ お前も腹いっぱいか。そうか、分かったよ。(配った食パンを集め、窓に投げつける。残りはシンクに捨ててしまう。ピーナッツ・バターが塗られた食パンだけが窓に張り付いている)もう心配ない。ここにいれば安全だ。朝になればママとティムが戻ってきて、元通りだ。いいな?(窓に張り付いた食パンがずり落ちてゆく)よし。

 地下で眠るが、家が揺れて眩しい光に包まれる。


 1953年版と似た素材を使ったシーン、スピルバーグ流のリメイクかもしれない。家族はギクシャクしつつ、何か食べて温まろうとすると襲われてしまう。
 なんとなく、法則が分かってきた。少し気を抜いたときに怖いことが起こると、夢中になって自分を見失ってしまうのではないか。
 トム・クルーズ演じるレイは、ブルーカラーの労働者で、日常生活の些細なことでもイライラするタイプ。周りの状況も悪化するので、ものにあたってしまう。
 イライラするのは「こうあるべきと自分勝手に思い込んでいるから」と聞いたことがある。で、どうすれ良いのか。そこで伝説のラジオドラマ版を!

伝説のオーソン・ウェルズ版「宇宙戦争」ラジオドラマ

(引用 『H・Gウェルズの宇宙戦争』 ユニコム〈CD+BOOK 全米ラジオドラマ傑作選 ミステリー劇場〉、ブックレット)

 プリンストン天文台からライブ放送の解説者として、著名な天文学者リチャード・ピアソン教授が紹介される。謎の物体を見てもらっていたが、はぐれてしまい、やっと連絡がついたのだ。

ラジオのアナウンサー 皆さん、ただいま入った情報では、ついにこの悲劇の目撃者との連絡がつきました…ピアソン教授の所在は、グローヴァーズ・ミルに近い農家と分かり、そこに緊急偵察所を開設されています。科学者として、教授がこの惨事のご自分としての解釈を皆さんにお伝えいたします。直通回線を通じてピアソン教授の声をお聞き下さい。ピアソン教授です。

ピアソン教授 グローヴァーズ・ミルのロケット円筒の中にいる生物に関しては、その声質、その起源、あるいは地球上における彼らの目的のいずれについても、私は権威ある確たる情報は差し上げられません。かれらの破壊機器に関しては、かなり大胆な推測的な説明を申し上げることができるかもしれません~(略)(p55)

 このあと、ピアソン教授とはまた連絡がとれなくなり、混乱した状況を伝えるラジオ放送がつづき、中休み。
 後半は死んだと思われていたピアソン教授が身を隠したいた空き家でのモノローグから始まる。

ピアソン教授 ~私はクローヴァーズ・ミル近くの空き家にずっと身を隠してきた。残りの世界から来る黒煙によって日光から孤立した小さな島。こいつら化け物のような生き物が世界にやってくる前に起こったことはすべて、いまでは別の人生の一部のように思われる。現在とはまったく連続性のない人生である。
~(中略)~
しかし書くためには生きねばならず、生きるためには食べねばならない。台所に、型で固めたパンと、飲み込まないほどに腐ってはいないオレンジを見つける。窓の見張りをする。時々は、黒い煙の上に火星人を見つける。~(p91)


 ここも素材の似たシーンだ。ただし、教授は「別の人生」と割り切っている。ここにヒントがあると思う。自分を客観視しているのだ。メタ認知と言ってもいいかもしれない。すると「生きるためには食べねば」と理解して黙々と食事をする。
 状況が人を作る、などということがある。無理やり前の状況に戻そうとすると、恐怖に陥る。恐怖は人を混乱に陥れる。

 状況は変化し続けているのだから、前に進むしかない。
 アフターコロナの時代には、別の人格を増やす必要があるのかもしれない。「割り切る力」とでもいうような、考え方をシフトさせてしまうスキルか。

 

ちなみに原作の『宇宙戦争』では

 兵士を助けて食事提供するシーンと、牧師と一緒に食料品を探し食べるシーンがある。前者を引用しておきたい。

(引用 『宇宙戦争東京創元社 著者H.G.ウェルズ 訳者 中村 融 2005年 98頁)

宇宙戦争 (創元SF文庫)

宇宙戦争 (創元SF文庫)

 

~以上がその兵士から少しずつ聞きだした話である。彼は語っているうちに落ち着いてきて、自分が目にしたものをわたしに分からせようとした。正午からなにも食べていない、と話の冒頭で聞いていたので、わたしは食料貯蔵庫で羊の肉とパンを見つけ、部屋まで運んできた。

 

 とにかく、胃袋に何かいれることで、落ち着くらしい。今の状況を分析せず、誰かに報告形式で聞いてもらう。それだけでも楽になる。窓の外は「灰燼の谷」になっていたとある。

 

 わたしたちも、トイレットペーパーが突然品切れになったり(懐かしい)、実家に帰省できない空気が漂ったり。日常のなかの非日常を生きている。
 多くの感染していない人には、いつもの日常生活らしきものが続いている。
 わたしも、マスクなしで出歩く日は一日もない。マスク一つでどこまで安心か、信用なんてしていない。それでも、付けると安心してしまう。
 まずは、きちんと食事をして、今ある情報を並べて、誰かと共有したい。