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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

西澤實「タイタニックの悲劇」のレビュー

1912年わが明治45年4月北大西洋に沈みまして、死者1503名という空前の惨事を海難史上にとどめました巨船タイタニック遭難を取上げました、西澤實、作並びに構成『タイタニックの悲劇』。

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※記事内の引用部分は全て、西澤實「タイタニックの悲劇」『現代日本ラジオドラマ集成』沖積舎、1989 から

ストーリー

 映画『タイタニック』からラブ・ロマンスを抜いた感じ。氷山にぶつかっても、すぐに沈没するのではなく、じっくり崩壊してゆく様子をラジオで中継している。

 イギリスはサザンプトンからニューヨークに向けての処女航海。出港してから4日、西へ西へとむかい、洋上を寒気が覆った。そんな船内、豪華な夜会をアナウンサーが実況シーンからはじまる。

 ボートデッキでの人々のざわめき、混乱、赤ん坊の泣き声、ヒステリックな声、パニック。かと思えば、落ち着いて演奏する楽団、夫婦で死を覚悟した高齢者。そして沈没…。

ユニークな形の構成

 全編がアナウンサーによる実況放送の形式で進行する。
 実はNHK制作によるシリーズもの。最初の企画は「決戦関ヶ原」なんだとか。西軍と東軍それぞれにアナウンサーを配して、合戦を実況放送したという。(10年ほど前にNHKで放送していた「タイムスクープハンター」主演:要潤 みたいな感じ?)

 このユニークな作品のアイデアは、「アドミラル・グラーフ・シュペー」の史実を下敷きにしているという。
 何のことかさっぱりなので、ざっと知るためウィキペディアへ。それによると、太平洋戦争中のドイツ艦アドミラル・グラーフ・シュペー(装甲艦)が、ウルグアイモンテビデオで轟沈を承知で出港した。

 それをウルグアイのラジオ局が中継していた!?

自沈をラジオで実況放送!?

 アドミラル・グラーフ・シュペーのラングスドルフ艦長は、停泊中に封鎖され対抗措置なしと判断。勝ち目がないため、乗組員をドイツ商船に移乗させ、最低限のクルーで港外まで出し、全員タグボートに退避、自沈させたという。

 驚くべきは、この状況は世界にむけてラジオで実況放送されたらしいのだ。(当時のニュース放送? ならYou Tubeにあります。ラジオ放送は、なさそう…)
 当初、ラングスドルフ艦長は艦とともに沈み、死ぬ気だったが、クルーに半ば力ずくで降ろされた。この様子もラジオで放送されたという。
 後に、ラングスドルフ艦長は責任をとるためピストル自殺されたとか…。

誕生秘話

 事件を、リアルタイムで体験した制作演出の中川忠彦氏の発案で、この物語は書かれたらしい。
 シナリオライターの西澤實は中川氏との雑談でこの話をきき、途中で立ち上がり、図書館に駆け込む。その日のうちに15分ほどの脚本をかきあげたという。
 西澤氏は「NHKよ、外に作家はいないのか」と言われるほど重宝された職人気質の人気者だった(本人談)。ちなみに、「ラジオ作家」という呼称を使いだしたのも西澤が初めてなんだとか(こちらも本人談)。

注目すべき箇所

 オーディオドラマとして興味深いのは、犬の鳴き声をうまく使っている部分。氷山にぶつかる前、出版社社長の愛犬が登場する。放送中にアナウンサーの声を遮り、クンクンと可愛く鼻を鳴らしてしまうのだ。つい笑ってしまう男性アナ。
 氷山にぶつかり、デッキに氷の塊が登場すると近くにいた女性のアナウンサー(F)が実況する。

F ボートデッキでございます。ボートが次々と下りていきます右舷側-氷山の接触いたしましたその右舷側にタイタニック号グーッと傾きまして……。

 やや以前より狆、しきりに吠える

F まっ先に異常を感じましたか、例のハーバーさんの愛犬、狆の「孫逸仙」がしきりに吠えておりますのも、かえって一入のもの凄さを添えるものでございます。~
p284

 沈没して1,503名も亡くなる、とんでもない話なのだが、リアリティーや進行だけ考えるとやや単調になってしまう。悲鳴だけを聞き続けるのは観客の精神がもたない。

 映画『タイタニック』の場合は、そこにラブ・ロマンスが入るわけだ。
 だが、制限時間のあるラジオドラマでそれは現実的ではない。そこでこの物語では、犬の声に感情をもたせることで補っているのではないだろうか。犬は、都合4回鳴いている。
 1回目は、氷山の見張りをする人の下で、くしゃみをして、鼻を鳴らす。
 2回目は、氷山に衝突して、激しくなく。
 3回目は沈没が伝えられ、混乱のさなか。しきりに吠えている(引用したシーン)。
 4回目はタイタニック号が沈没してから、ワンワンと吠えている(つまり、犬を救助船に乗せたということだ。犬を下ろして少しでも人間を乗せればよかったものを、と憤ってしまう)。

 どこも物語上、重要なシーンを際立たせている。人がパニックになるシーンを描くには、人でないもの、人の保護がないと生きていけないものを描くことでリアリティーが増すのだろう。

 わたしはこのシナリオを読んで、犬が吠えるのをドキッとしながら空想した。

データ

 放送されたのは昭和32年の9月末。
 音楽はあの「古関裕而」!
 タイタニックの乗船客には、日本人が一人確認されている。細野正文氏だ。物語でも彼にインタビューをして、なぜだか困らせている。