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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

谷川俊太郎のラジオドラマ「十円玉」(1963)をレビュー

 あの谷川俊太郎が、ラジオドラマを書いていた! 聞いたあとの気分は、村上春樹のエッセイを読み終わった感じと似ています(粗筋だけでも楽しめます)。ラジオの面白さや、最近話題の音声SNSについても考えます。

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…五円玉なんですけどね

ストーリー

都市の雑踏。主人公は、メランコリック(死語?)だけど、図々しい少女。休日、十円しかない(1963年)。公衆電話の前、友だちに電話(十円かかる)しようか迷っている。

みどり 私はただ、自分の座標をみつけたいだけなの。他人のあいだに空いた椅子を見つけたいだけなの。*

小銭を持たない電話中のおじさんに十円をあげて、小遣いをもらう。

ーー十円が二百円になった。もうまりこに電話かけるのやめた。お金があれば、ひとりだっておもしろいもん。*

小説家の家へ行ってみたり、海老フライ定食を食べて、残ったお金でスロットマシンに挑戦すると、三千円あたったり。
見知らぬ若い男がカンパをしてくれとついてくる。ふたりで軽飛行機にのる。有り金はすべて飛行機で使い尽くしてしまう。

わらしべ話

 大筋は、わらしべ長者の話です。昔話がベースなのに、わざとらしいセリフはひとつもないんです。主人公の感情の振り幅が大きいためか、谷川俊太郎のセリフだからか、なんというかプチプチしています。

みどり 一円玉ひとつ残ってないことだってあるわ、日曜だっていうのに。隣の部屋の子からラジオを借りてきて、一日中寝床の中でごろごろしてるのよ。外へ出るとおなかがすくからね。そんなとき、詩を書くわ。すぐ破いちゃうけど。
大石(小説家) ほんとうは、詩よりもサマーウールのワンピースのほうが好きなんだろ。それが買えないから、詩なんか書くんだろ。*

 1963年に放送された作品だと信じられますか? 村上春樹っぽいというんでしょうか。言葉が、新鮮なイクラなみです。

ラジオの面白さ

 ラジオは「ドキュメントっぽいのが面白い」と思うんです。この作品でも、言葉がどこへいくかわからない。展開はわかりやすいのに、不安になって聞いてしまう。「夏休み子ども科学電話相談」みたいなドラマなんです。

みどり あら、もうすっからかんよ。
見知らぬ男 何だって? じゃあ、だましたのか俺を。
みどり 私なりのやり方でカンパしたわ、あなたをたのしませてあげたわ。*

 なんだ、この女! って感じですよね。

 ラジオは「対話型のメディア」といわれます。よほどのパーソナリティでないと、ひとり語りが成立しにくいのかもしれません。
 わらしべ行為も一人ではできない。自分から出会いに行かないと。出会った相手とどんな対話をするか。そこがドキュメントっぽいからリアリティにもなる、のでしょうか。
 みんなで話す会話ではなく、二人の間で交わされる対話。対話、このシンプルさがラジオの強み、かもしれません。…かもですよ。

音声SNSに使える考え

 最近、音声SNSの使い方が注目されます。要は、ポジショントークをしないほうがよいというもの。柔軟に対応すると参加者が増えるんだとか(どこでもそうじゃね?)。
 ラジオも、どこかの学者の講演会をそのまま放送するより、芸人さんが楽しく会話したり、質問に応えてくれるほうが人気ですよね。

~私によく似た十円玉、地面におちてる十円玉、五百円にも、三千円にもなるかと思えば、すぐすっからかんにもなっちまう十円玉、わたしの十円玉、十円玉のワタシ、ちいさな十円玉……。*

 ただ、ラジオ放送が一方的だとキツイ。ドラマでそれをやるなら、この作品のように、主人公が揺れ動きながら、対話する。ドキュメントタッチのものがいい、のかもしれませんね。かも、ですけど。

 

引用 *谷川俊太郎「十円玉」『現代日本ラジオドラマ集成』沖積舎、1989