感動のオーディオドラマは「冬」が似合う
ゴールデンカムイ「阿仁根っ子」はどうして泣けるのか
『ゴールデンカムイ』というお宝争奪マンガがあります。主人公は不死身の杉本と異名をとる熱い男です。彼とアシリパさんという少女の旅を描いた物語…なのですが、今回の主役は谷垣源次郎さん。秋田のマタギ出身の谷垣さんは物語では脇役ですが、彼のエピソードが泣けるんです。
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※「阿仁根っ子」回のみネタバレがあります。ご注意ください。
ストーリー
吹雪のなか、谷垣源次郎がストーブのある部屋で昔話をしている。非常用携帯食の「カネ餅」を「くるみ味」にしたのがバレた話だ。
谷垣はかつてマタギの仕事中、親友の賢吉と遭難した。吹雪で帰れない。谷垣と賢吉はくるみ味のカネ餅を食べ、秘密にする約束をする。
その後、谷垣の妹と賢吉は結婚。静かに暮らしていた。そんなある日、彼らの家が全焼。焼け跡を確かめると、妹は猟師の小刀で刺殺されていた。賢吉の行方は不明。
賢吉が入隊したという噂を聞き、軍へ入る谷垣。母は心労で死んでしまう。妹の恨みを晴らしたいが、戦場では賢吉を探す余裕もない。
交戦中、ロシア兵が人間爆弾となって飛び込んでくる。その時、賢吉が飛び出してピンチを救う。
塹壕の奥、手当をするふりをして妹と同じ目にあわせてやろうとする谷垣。賢吉は瀕死の重体で、目も鼓膜もやられていた。どうしてと問いかける谷垣に、妹の名を口にする賢吉。手当をしている相手が誰かもわからず、伝言をたのまれる谷垣。
妻が疱瘡にかかったこと、仕方なく命をうばい、火をつけて立ち去ったこと。遺族に申し訳ないという謝罪。
谷垣は賢吉にくるみ味のカネ餅を食べさせる。賢吉は、微笑みながら死んでしまう。(*1 参考)
オーディオドラマにベストな季節、それは「冬」
感動的な話です。注目したのは「密室」と「時間の経過」。まずは、「密室」から。
谷垣さんは吹雪で出られない夜間、鶴見中尉と話しています。賢吉にカネ餅の秘密を話すときも、吹雪で出られない状況、密室です。
直感ですが、火をまえにして語り合う、出られない、そういう状況で聴く話はオーディオドラマ向きにちがいない(気がします)。
読書の季節が秋だとしたら、オーディオドラマの季節は冬こそふさわしい(気が)。
密室だからといって、どうして泣けるのでしょうか。東北の男は口が堅いです(勝手なイメージ)。ストーブの暖かさに、カネ餅の味を思い出し、つい話してしまった? 状況が似ているから? それだけではない(んじゃないかなぁって)。
この過ぎ去った時間、「時間の経過」が感動の隠し味では?
ウソが感動になるには「時間」が必要
ウソを使う感動話、ありますよね。騙してやろうとつくウソではなく、誰かを守ろうとするがゆえのウソ。そのウソを何ヶ月も貫いた、その時間に感動するんですよね。
有名なところだと、浜田廣介『泣いた赤おに』。青鬼くんの感動系。その隠し味は「時間の経過」ではないのか、と。
時間が経過して、ウソを背負ってくれた人の本心が見えてくる。ウソつき呼ばわりした当時の自分も客観視できる。それだけの時間がたつと、二つが変化している。だから感動する、のでは?
「感動させる技術」
内藤誼人『感動させる技術』94頁 実例17「思いやりのあるウソをつく」(*2 参考)を勝手ながらダイジェスト(引用ではありません)で書かせていただきます。
もの静かな中3の男子が、いきなり女子に水をかける。
事件は始業式後のホームルーム。問題の男子は何も言わずに中座、バケツに水を入れて戻ってきた。彼はその水を前に座る女子にぶちまけた。
理由をきくと「あの子が気に入らない」としかいわない。
一年後の卒業式、先生は彼を呼び出し、例の事件の理由をたずねた。優しい彼がどうしてあんなことをしたのか、気になっていたからだ。
すると、彼は、ホームルームで彼女がお漏らしをしていることに気づいたという。クラスにバレるなら、自分がひどい男になったほうがいい。水をかけるしか思いつかなかった。
先生は、何度もうなずいた。目にいっぱいの涙を浮かべながら。
いい話ですよね。全く違う話ですが、ゴールデンカムイと似ています。ほうれん草と小松菜くらい似てます。感動の構造も似てるんじゃないでしょうか?
感動話の構造
まず、①ありえないことが起きてしまう。
ゴールデンカムイだと「賢吉が妹を殺す」、思いやりのあるウソをつくだと「男子が水をかける」。これを横から見ているという設定。どうしてそんなことをしたのか分からない。謎です。
そして、②沈黙の期間がつづく。「時間の経過」ですね。
ゴールデンカムイだと「賢吉は説明もなく行方不明になる」、思いやりのあるウソをつくで先生は一年間「じっと観察」しています。いつも気にかけた行動をとっていたはずです。
最後に、③本人の口から説明がある。どうしてウソをついたのか。
オチですね。この三段階。こういう構成になっていると、人は感動してしまう。のではないか、と。
できれば、これを「密室」で話すと、より臨場感がでます。オーディオドラマっぽくなるのではないか、と。
*1、野田サトル『ゴールデンカムイ』8巻 第75話「阿仁根っ子」集英社、2016
(アニメ『ゴールデンカムイ』第2期 第18話「阿仁根っ子」)