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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

寺山修司のラジオドラマ 立体叙事詩劇『まんだら』レビュー

 あの寺山修司が、ラジオドラマを書いていた! しかも、類例をみない世界観のやつを!!
 今回は、順をおって(引用多めで)レビューしてみます。
※引用はすべて 寺山修司「まんだら」『現代日本ラジオドラマ集成』沖積舎、1989 より 

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 作品の解説で、寺山修司が自作を語っています。

「幼い頃につれて行かれた寺のにおい、祭の夜の青い光の思い出、近親の死にまつわる恐怖、そういった記憶は、誰の心の中にも、いつも生きていて、急に生々しく浮かび上がってきたりします。~」

 「祭」と「死」。両者はどこか遠い存在のようで、実は近い関係なのかもしれませんね。

参考にした物語

「~オルフェを下敷きにした愛のお伽話が、ねぶた祭の強烈なエネルギーの中で語られます。」

と述べています。

 オルフェ、ギリシャ神話ですよね。死んでしまった妻を取り戻すため、冥界へいくお話。
 オルフェは竪琴の名人でして、冥界の人たちにその音色を披露して、妻を返してもらう。でも、帰りにこんなことを言われるんです。
 「よしわかった、連れて行けばよかろう。ただし、冥界から抜け出すまで、後ろを見てはならない。それができるなら連れて帰れ」って。振り向くなってやつですね。超不安になりますよね。
 「見てはならない!」と言われて、本当に見ないで終わる物語ってありますかね? つい、振り返ってしまい、だめだったって話です。そんな話とねぶた祭、どう重なるのでしょうか。

冒頭

遠い岸辺の波の音。

からはじまります。いいですね。小さく波の音がするわけです。

生まれる前にすんでいた
町がどこかにある筈です
だからあたしの物語には
いつも必ず、地獄が出てくるのです。

 チクリと棘のあるポエムですね。

北国の港のある街
祭りの開幕を告げる昼の花火
遠く、祭囃子もきこえる。

祭の音と匂いがしてきそう

 チサという娘(21)が、馬道具屋の古間木さんという人を探しています。
 祭囃子と売り子のにぎやかな声。

(表札売り)ええ、表札、表札。新しい木の札だよ、玄関にはりだすあんたの名前だよ。

 薬売りや、風船売り、飴売りを通り過ぎ、チンドン屋の一行も通り過ぎます。すごい人出。道に迷ったチサを石工の謙作(25)が案内してくれます。

盲目の女 これが二人の出会いです。悲しい恋物語の発端にふさわしく、とびきり賑やかな祭の前夜をえらんだのです。~
 あどけない二人に
 一寸だけ、地獄を見せてやりましょう。

 途中、ナレーションのように「盲目の女」の台詞が入ります。
 お寺で地獄絵を眺める二人。チサが何かを思い出します。

どうしてここへきたのか…。

チサ あたしはほんとはチサじゃない。あたしはほんとは死んだ女です。

 台詞がリズムを刻むようでゾクゾクします。
 チサは21歳のようですが、6歳の時に死んだ…??

~あたしの棺桶は、ふかい、ふかい空の底へと沈んで行ったのです。

 チサはある家に拾われ、東京で育ちます。謙作はチサの父である古間木を知っていて、一人娘がいたこと、死んだことを打ち明けます。チサは、探している古間木の娘だというんです。
 ですが、謙作は思い出します。死んだ子の名前はチサではなく、フミといったはずだ、と。

チサ フミはあたしだもの……フミに決まっているわ。

異空間だなあ

 なんだか、「遠野物語」を楽しんでいるような心持ちになってきます。不思議な空間にいる感覚です。
 チサには時間がないらしい、なにかに追われています。早く実家へ帰りたい。
 一方、職人の謙作。実は結婚が決まっています。チサを案内して、すぐに自宅へ。
 やっと実家にたどり着いたチサ。親は、ショックが大きすぎて会ってくれません。

チサ せめて、一目だけでも。
義人 逢えないね。(一人言のように)こんなことはよくあるのだ。祭の前夜の空さわぎ、風が吹きすぎれば、ものはみな、あとの祭!
チサ お父さん!
 それではあたしは、誰ですか?
 魂の迷子のあたしは、
 どこへ帰ったらいいのですか?

 謙作は、妻になるハギからヤキモチを焼かれて困ってしまう。若い女性を案内してやっただけなのに…。でも実は謙作、チサが気になって仕方ない。
 そして、ついに謙作はチサに会いにいってしまう。

両思いな二人

チサ でもあたしはもう、帰るところがないのよ、謙作さん。
謙作 大丈夫、おれがついているよ、もうこれからは、ずうっとおれがついていてやるよ、どこまでも。

 黒い皮の服を着た二人の男(東京の男1、2)が登場。チサを知っているらしい。

謙作 どうした? チサ。何を見たのだ。
チサ 車でやってきたんだわ、あの人たち、東京の人たち。
謙作 東京の人たち?
チサ え……あれはあたしの死神!

 祭の雑踏、スポーツカーの音。チサは轢かれて死んでしまう。

東京の男1 みじかい旅だったな?
東京の男2 そう、みじかい旅だった。
東京の男1 だが、これからはたぶん、もっともっと長いことだろう。
東京の男2 それもわからん、人はじぶんが生きた分の長さしか死ぬことができないのだから。

祭の大雑踏

ねぶた祭りを思わせる「ラッセーラー」。屋台から声がする。

玩具売り ええ、仮面! 仮面! 仮面!
 かぶるとたちまち早がわり!
 誰にでもかわれるよ。
 死神にだってなれますよ。

 ハギは謙作を連れ戻しにくるが、祭の雑踏へ消えてしまう。謙作は、死の国へチサを探しにいってしまった。

盲目の女 病院の廊下とは、不思議なところです。その長い長い廊下で、生と死がすれちがったりするのです。~

 御詠歌が響きます。いいですよね。御詠歌をラジオドラマで響かせるなんて、面白いですよね。

謙作 チサ、おれはおまえを見たいのだ。
チサの声 (強く)見ないで!
謙作 おまえはチサなのか! それともフミなのか! どっちなのだ?
チサの声 あたしは人形よ、祭の夜に捨てられた。

うん? どうなってるの?

盲目の女 お祭りは終わりました。そしてチサは死にました。夜があけると、もう何もかも、あとの祭の白けた朝でした。嫉妬に狂ったハギが、鶏小屋に火を、放ってとらえられ、泣き叫びながら連れていかれたという、ことでした。

 謙作はチサの屍を抱いて山を登ったとか。曖昧な後味で終わっています。ですが、これこそが東北の物語っぽい後味な気がします。