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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

『鋼の錬金術師 Vol.1砂礫の大地』コミックCDがイマイチな理由を分析

 漫画「鋼の錬金術師」は、小説やアニメ、実写映画化もされた超人気作。じつは、ドラマCDも豊富だ。
 主人公エドの声は、朴璐美(パク ロミ)さんが有名だ。朴さんが出演されたドラマCDもあるが、あえて皆川純子さん出演の初期作品(不評)を分析してみた。

※以下、ドラマCDのネタバレあり 文末に参考資料(*1,*2)を掲載

 

ストーリー

 「賢者の石」を探して金鉱の町ゼノタイムへ来たエルリック兄弟。だが、町の人から賢者の石を作る手助けをしてくれと頼まれる。名乗ると、偽物扱いされてしまう。なんとエルリック兄弟はすでにいるというのだ。
 エルリック兄弟を名乗るトリンガム兄弟と出会うが、兄同士が喧嘩に。止めに入るしっかり者の弟たち。トリンガム兄弟が嘘を付くには、理由があった。根は悪いやつじゃないのだ。だが、本物の兄弟は町の笑いものに。
 エルリック兄弟は、トリンガム兄弟の研究室に忍び込み家探し。バレて喧嘩になるのだが、わかりあっていく。
 そんなとき、トリンガム兄弟の正体が町中にバレて、牢屋に閉じ込められる。町の人のため、父親のためにやっていたというのに。
 黒幕との戦いになって、兄弟四人が力をあわせて、おわり。

荒川先生が語るドラマCD

――ドラマCDも作られました。アニメと違い、音のみで描かれる世界ですね。
荒川 説明的なセリフが入ったりするのですが、それが逆に面白い(笑)。声とセリフだけで状況が説明されるから、ある意味でアニメ以上に想像が膨らみます。
(*2)

 アニメ以上に想像が膨らむとおっしゃっている。「鋼の錬金術師」のファンブックである「CHRONICLE」(*2)において、ドラマCDへのコメントはこれだけ。
 失礼ながら、本当に面白いとお考えだろうか。ドラマの冒頭、子供の鳴き声がする。助けてあげる青年。

「お兄ちゃん、だれ?」

エドワード・エルリックだ」(*1)

 から始まる。これでいいのか。
 正直にいってしまえば、ドラマCD、イマイチなのだ。

鋼の錬金術師」の魅力とは?

 魅力的なキャラクターは、主人公でなかったりする。エルリック兄弟は当然好かれているが、なぜか脇役が戦うシーンに燃える。
 大総統がフーさん&バッカニア大尉と戦うシーン。そして大総統対スカー。戦闘シーンでは、個人的に一番しびれた。

 あとライオンさんがキンブリーを噛み殺すシーンも衝撃だった。おっと、忘れてならないのは、アームストロング姉弟とスロースとの戦いもある。
 すべてに共通していえるのは、主人公エドワード・エルリックの不在だ。エドが戦ったシーンで燃えるものはない。

 エドに燃えるのは、人体錬成したときの叫び声や、真理の扉を蹴ったりする「体育会系マッドサイエンティスト」の一面だろう。
 それがドラマCDになると兄弟の活躍メインになってしまう。「鋼の錬金術師」の魅力は三つ巴というか、全体の情勢を描きつつ、個を魅せてくる感じがたまらんというのに。

もっと中心的な魅力

 物語をしごく簡単にいってしまうと、自分の身体を取り戻す旅にでた兄弟の話だ。どうして自分の身体をなくしたのか、その理由が壮絶だ。だが、身体に戻るかどうか選択しているのが伺える。

――合成獣や同じ鎧の身体を持つ人々と出会い、アルの価値観はどう変わったのでしょうか?
荒川 デビルズネスト組やハインケル、バリ―は生身の人間とは違う身体にされながら、自分の人生に肯定的でした。そしてアルも、たくさんの人と触れ合うことによって「肉体を取り戻すことが絶対の幸せではない」と知ったんです。色々な生き方があっていいのだと。それでもアルが最終的に出した答えは、やっぱり「元の身体にもどりたい」。(*2)

 たしかに、最後アルと旅にでるのは、取り戻したい合成獣たちであって、そうでない合成獣は現状に満足している。多様な価値観を描いているのも、この物語の魅力だ。残念ながら、このドラマCDにはそれがない。

こんなドラマCDがききたい

 もし許されるなら、エドが人体錬成で造ったものの墓を掘り起こすシーンを中心にした物語をやればどうか。自分のトラウマと向き合う物語だ。
 旅にでるが、出発地点に答えがあったという構成。錬成したものが母でないと発見し、新たな一歩を踏み出す心情。ドラマCDなら見事な作品になるはずだ。
 若きマッドサイエンティストとしてのエルリック兄弟、とくに兄。彼の戦闘ではなく、猛烈な研究者としての信念こそがドラマの魅力なのだ。そして、信念を描くのがドラマCDの魅力でもある。

 


参考資料
*1:原作・荒川弘鋼の錬金術師Vol.1砂礫の大地』少年ガンガンコミックCDコレクション、2003(脚本・井上真、演出・清水勝則)
*2:荒川弘鋼の錬金術師CHRONICLE』スクエア・エニックス、2011