G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

聞けばお化けがでる『質屋蔵』の秘密

 「日本の夏」といえば怪談話だ。だが、驚くことに日本人は外国人に比べて、怖がりな遺伝子が多いらしい。脳科学者がいうには、災害大国だからだとか何とか…。

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なんて言葉が生まれたのも、ビビりだから? そんな夏にぴったりな落語を分析。

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たまらなく「焼き栗」を欲してしまう演目

 ※ネタバレがあります。(*文末に参考資料)

ストーリー 

 伊勢屋(質屋)のご主人が、番頭さんを呼び出す。三番庫に幽霊がでるという噂を聞いたのだ。番頭さんに質屋の性質を語るご主人。庶民の妻が質屋に帯を預けたエピソード。

 無理をして買った上等の帯。お金がなくて、質に預けることに。病気になって、形見分けしたいのに、質屋のせいで何もない。「思えば恨めしい、あの質屋!」とここに恨みがくる(長いたとえ話である)。だから、幽霊がでてもおかしくはない。真相を確かめてくれ、といわれる。

 番頭さんに見届けてもらいたいが、極度の怖がり。どうしてもというなら、田舎に帰らせてもらう、などと。そこで、喧嘩の強い熊五郎さんに来てもらう。ただ熊五郎さんも、喧嘩は強いがお化けが苦手。

 怖がる二人は、なんとか見張りの位置につく。一膳お箸が足りないことに気づく。二人で母屋にとりにいく。怖がりながらも、酒肴をやりつつ、見張りをつづける。

 しだいに睡魔にやられた丑三つ時、ついに幽霊が現れる。お化けは相撲をとったり、踊ったり。菅原道真公が登場、一句詠んでおわり。

実は幽霊、全然でてこない

 面白いことに、幽霊が全然出てこない。どうしてだろう。

 映画で考えてみる。いきなり幽霊役を画面に出してしまうと、しょぼくなってしまうケースがある。なかなか怖い絵は作れない。そこで、前フリをたっぷりして、人間関係をみせて、それは恨まれても仕方ないと怖がらせてから登場となる。

 落語も同じだ。36分ほどのネタだが、33分過ぎたころにやっと幽霊が登場する(*2)。参考にさせてもらったのは桂米朝師匠だが、桂枝雀師匠の質屋蔵には、熊五郎さんの告白で終わってしまうバージョンもある。

 幽霊の正体は怖いかといえば、そんなことはない。ひたすら、楽しそうに遊んでいるだけだ。

 幽霊を怖がる番頭さんと熊さんのミスリードがあればこそ、お化けがでるシーン(太鼓?)で少しビビってしまうのだ。

落語ビギナーはちょっと…

 質屋さんに幽霊がでるかもね、出たら怖いね、といって怖がる話。落語が初めてに近い方には、わかりにくいかもしれない。

 前半は、庶民の奥さんが帯を苦労して買うくだり。この奥さんの帯が幽霊になってでるわけだ。

 後半は、怖がりな番頭さんとクマさんが三番庫を見張る。この二つの物語をつなぐのが、ご主人。

 この質屋さんは、相当な資産家というのがポイント。普通の質屋さんなら、隠居でもあるまいし、自分でやれという話になってしまう。怖がる番頭さんと手伝いのクマさんにやらせるから面白い。逆に、主人にはやらせる理由がある、ということになる。

仕事の流儀の話でもある

 仕事を人に振るのが、ご主人のシゴトだろう。だからやらせるのだが、部下が怖がってしまう。やれというなら、やめるという。そんな部下を元気づけ、やる気にさせる上司。だが、やはりいざというときに助けてやる。なんだか、最近の話に聞こえる。

 ふたりに仕事を割り振って任せつつ、いざとなれば自分が動く。理想の上司ではあるまいか。だからこそ、納得がうまれる。

 怖い話を考えたとき、それは人間関係の物語だということもできる。

質屋さんってなに?

 そもそも質屋さんを知らない世代がいる(私も)。この作品の完成はとても古く、1861年、落語家桂松光のネタ帳に「質屋ばけ物ばなし」(*1)とあるらしい。現代でいえばなんだろう。DVDの解説には「カードローン」とあったが、ピンとこない。リサイクルショップが近いのかもしれないが、もっと人情が必要な気がする。

【能書】質の制度は古く、「大宝令」に見えているが、庫を有した専門業者が出たのは鎌倉以後になる。鎌倉時代では、貸金の利息が元金の倍になると質流れとなり、異議申し立てはできなかった。(*1)

 一番近い存在は、もしかしてメルカリ?!

ラジオドラマで再現するとしたら?

 街で質屋さんをみない。だからといって、リサイクルショップやブックオフではない気がする。メルカリだと面白いかもしれない。スマホの画面で完結する物語だ。

 上司と部下という関係ではなく、ものを捨てられない父と、何でも売りたい娘。断捨離の話なんてどうか。

 近い話で思い出すのが、さわだみきお作、FMシアター『ミニマル・ウーマン』2020年2月22日放送。ものに囲まれていた主婦が離婚してミニマリストになる話だったと思う。この物語の名台詞は「贅肉がなくなって寂しいと思う?」だ。カーテンも外してしまって、朝日のぬくもりを感じるからイイというシーンは忘れられない。

 ラジオドラマだから目に見えないものをやるのではなく、そこに生きる人の心を丁寧に描く、人の心の動きを9割描くからこそ、ラストに出す幽霊のパンチが効くだろうから。



*1、矢野誠一『落語手帖』講談社、2009

*2、桂 米朝/口演『特選!!米朝落語全集 第27集』「質屋蔵」(1991年収録)東芝EMI、2002