G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

宮本輝『五千回の生死』の朗読

 「ラジオ文芸館」をご存知ですか。『ラジオ深夜便』のなかの一つのコーナーです。そもそも「ラジオ深夜便」とは、NHKのラジオで毎日(年中無休!)、夜中から朝方まで放送している(しかも生放送)、眠れない夜にピッタリな番組です。

www.nhk.or.jp

 日曜の深夜、正確には月曜の午前1時代に朗読番組「ラジオ文芸館」は放送されています。ラジオで放送される「オーディオブック」みたいなものです。さすがにこの時間、聴くのはつらいという方には、「聴き逃し」配信もされています(上記リンク)。

 ちょっと注意が必要なのは、月曜ではなく、日曜日の「聞き逃し」で検索が必要な点です。サブタイトルに「ラジオ文芸館」と書かれています。
 何時でも1週間聴くことができるのですが、「ラジオ深夜便」のテーマ曲を聴く必要があります(あれを聴くと、反射的に眠くなる)。
 ですが今回は、深夜に異動になる前(土曜の朝に放送されていた!?)、放送された回です。(https://www.nhk.or.jp/bungei/archive/1102.html

案内

 残念ですが、再放送される気配も、朗読CDになる気配もありません。動画投稿サイトで聴くこともできるようですが、アウトかと。

 ですが、書籍なら手に入ります。本を読み、朗読をイメージしてもらえればと思い、ストーリーを書かせてもらいます。傑作短編集なので、読みやすい。しかも、それほど見事な朗読でない方が味があるかも(最後に言及します)
 朗読は、小野塚康介氏。小野塚氏のwiki情報では、スポーツの実況中継など「実況家」として活躍されているらしいです。
 以下、ネタバレがあります。

 *1:引用は上記の書籍より

ストーリー

 酒を飲みつつ、友人と語り合うおっさん二人。学生時代の昔話。父の遺品を整理していてみつけた高級ライター。ライターを欲しがったお前に、売ろうとしたんだけど…、という話。
(語り聞かせる主人公は一般の男性だが、どこかにいそうな偏屈オッサン。宮本輝さんの書くセリフから個性が匂います。)

 

 語り手の主人公はお金に困っている。高級ライターを現金に変えたい。お前の家まで行ったが、家族旅行中で留守。帰りの電車代もない。歩いて帰ることになる。
(ツッコミたい部分に的確な返しが用意されています。例えば、直接行かず、電話してから行くべきでは? という部分では、貧困を描くことで正常な判断ができなくなっている様子を描き、納得させてきます。)

 

「死んでも歩いて帰ってやらあ」と、逆方向に歩いてしまう。方向を確認して、なんとかもう一度歩きだすと、後ろから妙な男が自転車でついてくる。「乗れや。送ったるわ」。丁寧に断るがそれでもついてくる。こんな寒空で死んでしまうぞ、というと、「俺、死にたいねん」という。
(主人公の熱烈なキャラに、これまた強烈なキャラをぶつける)

 

 ヤバい人だ。関わり合いになりたくない。問いただすと間をあけて、「さっきは死にたかったけど、いまは生きたい」という。

「お前、俺をきちがい(原文ママ)やと思ってるやろ。なんでや? お前かて、死にたなったり、生きたなったりするやろ? そんなこと思うの人間だけやろ? 俺が正常な人間やという証拠やないか」*1

(輪廻転生のような価値観をさらりと語る。名シーン。小野塚康介氏の朗読が見事だからか、このフレーズが頭から離れない)

 

 自転車の後ろに乗せてもらうことになる。彼が死にたくなったときは降りる。しばらくすると、生きたいという、乗せてもらう、死にたい、降りるを繰り返す。
「死んでも死んでも生まれてくるんや」といわれ、よかったなと心底喜べる。
(ここらで、とんでもない体験をしている気がしてくる。もちろんただの朗読なんだけれど、自分も自転車の後ろに乗せてもらっている気がする。聞いているこっちも「死にとうなってきたァ」と、つい声に出してしまう)

 

 問題がある。危険な地区を走り抜けなくてはならない(日雇い労働者がたまっているらしい)。のんびり走らせるものだから、囲まれてしまう。彼が速度を落とし挨拶をしてまわるからだ。さらには「みんな、ついといでェ」という。大行進になる。
(ここも名言だ。その後、数週間「ついといでェ~」と何度口から出たことだろう。)

 

 もしかして、こいつ今、死にたいのか。小声で尋ねると、不思議なことにどっちでもないという。下り坂に差し掛かりチャンス。スピードを上げて突っ走る。走って追いかけられる。
(遊園地の乗り物のラストの落ちる場所みたいな体験、とんでもない)

 

 自宅近くにたどり着く。お礼にコートをあげる。朝日が昇ってきた。彼をみると、神々しいとしか表現できない顔をしていたという。
(神様の生まれ変わり? もしかして、シャカの末裔?)

 

 話がおっさん二人にもどる。高級ライターだ。ライターはコートに入れたまま、あいつにやってしまったというオチ。

口調が面白い

 朗読と黙読では印象が違うかもしれない。比較できないのでわからないが、ユニークな朗読ではないか、と。めちゃ見事というわけではなく、関西弁にも違和感がある。
なのに、心に残る朗読。

 40代以上の男性が醸し出す、独特の個性が出やすい本だと思う。あなたが、おじさんなら自分で声に出して読んでみても、楽しいと思う。