G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

TBS系ドラマ「カルテット」第1話をしゃぶってみた

 難しくはないのですが、わかりやすいドラマではありません。ほろ苦い若者たちを描いたドラマというんでしょうか。あ~でも、それだけじゃないんです。坂元裕二さんが書くシナリオは、立体パズルのようにスコッとハマっては、抜けていきます(抜けたピースは後でハマるんです)。


 シナリオの文字列が美しすぎるので、今回は引用多めです。(以下引用は、坂元裕二「カルテット 1」河出書房新社、2017)

 冒頭、まだ会って間もない人たちが、カルテットを組むことになり、待ち合わせ場所へ移動する車内。

司「弦楽四重奏組むしかないですよね。僕たち絶対最高のカルテットになれます」
真紀「絶対なんて」
司「(よく聞こえず)はい?」
真紀「人生には、三つの坂があるそうです」
司「三つの坂。はい」
真紀「上り坂、下り坂(と、続けて何か言おいうとした時)」
  道路前方で手を振る、家森諭高(35)。
  司、あ、となってブレーキをかけ、停める。
  諭高、何故か一緒にいたリュックを背負う若い女性と熱い抱擁をし、小さくキスして。
諭高「バイバイ」
  後部座席のドアを開け、乗り込んでくる諭高。
諭高「(真紀に)巻さんどうも、家森です」
真紀「(どうもと会釈)」
司「今の女の人って?」
諭高「女子大生ひとり旅なんだって。道聞かれて」

 真紀のいう「三つの坂」の三つ目ってなんだろう? と気にしつつ、つづきを読むと、軽くキスするイケメンがでてくる。道聞かれただけの女子大生とキスしちゃって「どうも」って。この台詞のカーブがすごいです。
 三つ目の坂に少し気を取られていると、ぐっと曲がってキスで寄ってくる感じ。強烈な印象で登場するキャラクターです。四人のキャラがわかりにくいとか、ありません。気になってしまいます。
 さらに、四人集まって食事をする際、さらに強調してきます。

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諭高「君たちレモンかける時、聞くとして何て聞く?」
司「レモンかけますか?」
諭高「あ、はい……こうなるでしょ? レモンかけますか? あ、はい。かけるの当たり前みたいな空気生まれて、全然大丈夫じゃないのに、大丈夫です、ってなるでしょ? これ脅迫ですよ。こっち防戦一方です」
司「どう言えばいいんですか?」
真紀「レモン、ありますね」
すずめ・司「……」
諭高「レモン、ありますよ」
すずめ・司「……」
諭高「こういうの」

 んなアホなって言いたくなる台詞が可笑しくって、ハマってしまいます。
 諭高と真紀は、ややこしい人だ。なるべくなら関わりたくない、でもドラマならみたい。そんな気にさせます。
 唐揚げにレモンくらいでなんだよって思いますが、なんとなく気にする人がいることも知ってますよね。この丁度いい湯加減のたとえ話で、こちらの心情の隙間をつついてくるんですね。
 気になるっちゃなるけど、ググるほどでもない。そんな絶妙な話題をチラ見せして、すべては教えない。夫婦の話題でもそうなります。

司「~……夫婦って、何ですか?」
真紀「夫婦。夫婦って……」
  背後を大型バスが通り過ぎて。
真紀「(微笑みながら)※※※※※※※なんだと思います」
  司には口パクになって聞こえなかった。
司「(ん? となるが、笑顔で解釈し)そうですか。いいなあ」
真紀「(うん? と思うが)じゃ、また来週(と、微笑み)」
  駅へと歩いていく真紀。
司「(見送って)……」

 なんだよ! なんて言ったんだよ。どうでもいいけど、すげー気になるよ。と思っていると、唐揚げの話に戻しつつ、夫婦の話を混ぜてくるんです。

真紀「彼、唐揚げを注文してました。声かけたら照れるかなと思って迷ってたら、その後輩の人が彼に聞いたんです。レモンかけますか? って」
すずめ「はい」
真紀「そしたら彼。いい、俺、レモン好きじゃないから。って。でもわたし、二年間、ずーっと彼の食べる唐揚げにレモンかけてたんですよね」
  すずめ、司、諭高、え、と。
真紀「言われたことなかったんですよ。目の前でわたし、ずっとレモンかけてたのに、彼、二年間一度もそんなこと言わなくて……あれ、って思って」

 これは、グサっとくるやつですよね。ある意味テレビでみる人殺しのシーン並のパンチ力を持った台詞だと思います。すごいですよね、唐揚げ話と夫婦の話をここで絡め取っているんです。坂元裕二マジで神。
 唐揚げにレモンの話は、何気ないフリがあったからだとは思いますが、ここで回収してくると、パズルのピースがハマる音まで聞こえそうです。

司「いや、いやって言うか、僕はそれ絶対それ、隠してたとかじゃなくて、絶対愛情あってのことだと思います」
真紀「愛情」
司「夫さんは巻さんのこと絶対大事に思ってたから、絶対愛情あったから……」
真紀「絶対なんて」
司「(え、と)」
真紀「人生には三つ坂があるんですって。上り坂。下り坂。(苦笑し)まさか」
司「(声には出さず、口で、まさか、と)」
真紀「一年前、夫が失踪しました」

 そして、さらにここに、三つの坂の話まで持ち出し、くっつけてしまいます。立体パズル的なアクロバットですよね。で、ん? 夫が、失踪? はい?

真紀「絶対なんてないんです。人生ってまさかなことが起きるし、起きたことはもう元に戻らないんです。(微笑み)レモンかけちゃった唐揚げみたいに」

 どういうことかわかりにくい視聴者に、唐揚げで説明もしてくれる。
 すごいドラマがはじまるんだ、という気にさせて、ほっとするシーンへ。

真紀「今日は天気悪いでしょ」
すずめ「うん。でも、どうして曇ってると天気悪いって言うんでしょうね。いいも悪いも、曇りは曇りですよね」
真紀「あー」
すずめ「わたしは、青空より曇った空の方が好きです」
真紀「(すずめの横顔を見つめ)……」
すずめ「(少し苦笑し)じゃ、二度寝行ってきますね」


 とりあえず今週はこれで終わりか、二度寝行ってらっしゃい♪ ホッとしていると、すずめちゃん、ローテーブルに寝転がり、ICレコーダーで録音していたことがわかるんです。
 平和な家庭の茶の間にICレコーダー、小学校に大麻くらいの驚きですよね。野球でいうなら、フォークボールのようにグッと落ちてしまうんですね。

 フックの回収が、カーブとフォークの両方からくるので、視聴者は三振してしまいます。考えてみれば、「気になることをチラ見せして、別のことをいい、後で回収」しているだけなのですが。その例えが絶妙なので、グッと引っ張られるのでしょうか。

オーディオドラマは四人で絡めるの?

 音だけ世界で四人の個性を表現できるのでしょうか。ここまでキャラクターが立っていると、四人が同時にいてもわかる気がします。

 さらに、事件がここに加わるので、物語に引きずり込まれるはず。事件そのものよりも、その事件を対処する四人の姿を見せてくれるつくりだからです。
 夢を諦めきれない人たちのドラマが根本にあるので、安心して楽しめそうですし。本当は、安心できないんですけれどね。