G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

竹内日出男のラジオドラマ『流れて遠き』を分析

竹内 日出男

 氏は、「中学生日記」などのシナリオ執筆で有名。また、東大卒のエリートで、長年(協)日本脚本家連盟と(社)日本放送作家協会の理事を歴任された、とにかく偉大な先生らしいです(Wikipediaによると)。

f:id:irie-gen:20210831055428j:plain

牡丹の花

テーマは介護

 今回の物語『流れて遠き』は、姥捨山の話です。同居している子どもの家庭に迷惑をかけたくないといって自殺をする高齢者。それを現代的にアレンジしておられます。ですが、現代といっても書かれた当時の話であって(昭和56年)、今から40年も昔の話です。
 昨今こんなニュースも聞かなくなりました。逆に、介護が大変で親を殺してしまった子どもの話はたまに聴きます。子どもといっても高齢者で、老老介護の問題が深刻です。

以下引用 *竹内日出男「流れて遠き」『現代日本ラジオドラマ集成』沖積舎 、1989

ざっくりストーリー

 深夜の街。やがて歩道をノロノロと歩く男女の靴音。主人公の俺とリエが喋ってます。子どもができた、と。
 この物語のユニークなところは、モノローグで説明せず「……ねえ、刑事さん、刑事さんもご存知でしょう?」と供述するかたちですすみます。

リエ「でも、そのお陰であたちたち知り合えたんじゃない。お父さんがいれば、公之は昼間の工場勤め、やめなかったでしょ? バーテンなんかになって、チンケなホステスと知り合ったりしなかったよね?」
俺「そりゃまあな。」
リエ「……わあーッ、綺麗!」
俺「なんだよ、吃驚するじゃないか。」
リエ「ほら、お月さんが映ってる、水に!」

 重大な話がお月さまで一転しちゃいます。リエさんに好感がもてます、実際にされたらイラつきますけど。
 で、月や川を愛でて、山を忘れたくないという不思議な台詞がきます。一家揃って山を捨て、川のはるか下へ降りてきた、と。でも、それも昔の話です。

妹「変な話、始めてね、山に咲くボタンの花がどうとかこうとか。」
俺「ボタン?」
妹「なんでも六十年に一回だけ、山の崖の上に、菅笠ほどもある白いボタンの花が咲くんだって。」
俺「フッ、バカな。」

 確かにボタンの花を見ると、エキゾチックな感覚といいましょうか、宮廷を連想しちゃったり、不思議な気持ちになります。
 ラジオドラマで菅笠ほどの白いボタンといわれると、容易に連想できてしまう。不思議なことに、怖いような気持ちになるんですね。
 すると、母が突然、

母「(ボソッと)やっぱり、ばあちゃん、施設に預けるしかねえなえ。」
俺「え?」
母「そう思ってるずら、おまえも?」
俺「いや、俺はそこまでは……」

 ああ、そういう話か、と。介護の問題は介護保険制度のある今と比べてはいけないでしょうが、気持ちは理解できそうです。
 施設に預けられることになった祖母ですが、最後に白い牡丹の花を見に行きたいと駄々をこねられます。

祖母「ほうじゃ、いい忘れとったがな、そのボタンの木はなむ、遠い遠いご先祖さまが、京から大事に持ってきて植えられたんだと。あーんな高え崖の上へ、どうして持っていかれたもんかなむ。いまに見りゃ解ろうがなむ。不思議なことなむ。」

 おばあちゃんの「なむなむ」いう口癖にハマってきます。この世の見納めに咲くかもしれないボタンの花をみたいということですが、なにか怪しい空気です。
 しかも、俺はモノローグではなく、刑事さん相手の供述をしてます。
 家族みんなで旅をして、懐かしい我が家をみつけます。まだ建っていたらしく、近くを散策します。すると、祖母がいなくなります。

俺「(走り寄り)ばあちゃん!」
妹「(半泣きで)ばあちゃん、どうしたのよお!」
母「大丈夫、ばあちゃん?!」
リエ「ねえ、大丈夫?!」
祖母「(苦しげに笑い)……やっぱり無理だったで。這うては行けん。」
妹「どこへ行くのよお。」
祖母「……」
妹「ねえ、どこへ行くつもりなのよお!」
祖母「情けねえもんよなむ。連れてってもらわねえと、どこへも行けん。……公之、負うて連れてってくれやれ。」
俺「だから、どこへ行くんだよ!」
祖母「……お籠りよ。」

 一晩だけ、お祈りをしたいという。みんなは止めるが、ご先祖さまがやってきたことだという。
 祖母のお籠りしたい場所へ移動するため、背負っていると、

祖母「公之、もう古い昔の言い伝えがなんの役にも立たん時節だでの、知らせんでおこうと思うたがなむ、やっぱり、おまえは跡取りじゃし、すぐに嫁もらう身じゃし、こうして背負うてもろうとると、いうとかにゃと思えてきてなむ。」

と語りだす。先祖は後醍醐天皇に仕えたという言い伝えがあるらしい。一族郎党の安穏無事を祈って腹を切ったのだとか。それから、白いボタンの花が咲くようになったという。
 祖母からお籠り中はのぞくな、といわれ一人にしてしまう主人公。

 で、何が起きたのかわかりにくい滝の音、母の泣き声が聞こえます。

リエ「見てよ! 見てよ、みんな! ……白い花が流れてる! ボタンの花だよお! 白い、でっかい、ボタンの花だよーッ!」

 音楽が流れて何が起きたのか、なんとなく理解できます。

俺(供述)「それが、ばあちゃんでした。真白な下着姿のばあちゃんが、うつ向けに、まあるく身を屈めて、滝壺の中に、なかば沈んで……大きな白いボタンの花みたいに、ゆーらゆらと流れているのでした。~」

 ああ、なんてことだと思いつつ、なぜか、美しいものを見たような気にさせられるラジオドラマでした。