ヒッチコック『サイコ』に仕掛けられた音のドラマ ~前編~
映画史に残るシャワーシーン、ヒッチコックはいう、
「あのシーンの撮影には七日間かかった。キャメラの位置も七〇回変えた。たった四十五秒のシーンのためにね。」(*1)
純粋に面白い映画を作るため。テーマとか、演技とか、原作の面白さとか、そんなものはどうでもいいと言い切る。観客がエモーショナルに反応できる映画を組み立てる。その論理的思考を『サイコ』から読み解きたい。
ヒッチコックは映画館に条件をつけたという。上演がはじまったら、絶対に観客を客席にいれないように、と。
※ネタバレあり
※参考資料のリスト(*)は文末
ミスリードのシナリオ
若い男女のサムとマリオンは、昼下りの情事に名残惜しそう。マリオンは会社に戻ると大金を銀行に預けてくるよう言われる。彼女は銀行に行ってそのまま早退することに。だが、大金をもって遠出してしまう。
自分の車で寝てしまったマリオン、警察に怪しまれる。マリオンは疑われつつ、車を買い替える。
大雨が降ったので、閑古鳥が鳴くモーテルへ。経営者のノーマンに食事はどうかと誘われる。だが、ノーマンの母が反対している声が聞こえる。モーテルの事務所で軽食をいただき、隣の部屋へ戻るマリオン。シャワーを浴びて寝ようというのだ。ノーマンが穴からマリオンを覗き見ている。
シャワー室に殺人鬼、マリオンは殺されてしまう。ノーマンが異変を察してやってくる。マリオンの死体に驚きつつ、証拠を隠滅する。すべてを沼に沈めてしまう。大金があるとも知らずに。
マリオンの妹はサムが働く雑貨店へ。探偵も合流してマリオンと大金を捜索。探偵はノーマンのモーテルを探し当てるが、殺されてしまう。
保安官に助けを頼むサムと妹。モーテルにはノーマン以外に母親がいると推測するのだが、保安官に母はすでに死んでいると聞かされる。では誰だ? サムと妹は客を装いモーテル中を探す。そして、母親に変装したノーマンを捕まえたのだ。
観客をのぞき屋に
観客の注意をあっちこっちへ動かし、驚かせる。
「~この映画の最初の部分は、ハリウッドの用語でいえば、〈燻製にしん〉というやつだ。つまり、殺人が起こる瞬間が完全な不意打ちのショックとなるように、観客の注意をよそにそらしておくトリックだ。ジャネット・リーが大金を盗んで逃走する冒頭の部分を意図的に長々と綿密に描いてみせたのも、はたしてこの女はつかまらずに逃げきれるかどうかという点に観客の注意を向けるために必要だったのだ。」(*1 p.280)
ロジックを聞いてしまえば、マジックの種明かしのようなもの。理解するのに時間はかからない。そのシンプルさも面白さの要因だろう。
「観客というものは、映画を見ながら、いつも映画そのものより一歩先んじて、『そうか、もうこれからどうなるのかわかったぞ!』と思いたがるものだ。この観客心理をわきまえたうえで観客をうまく完璧に誘導してやらなければならない。(略)観客の心をある方向に向けさせたかと思うと、さらにまた別の方向に向けさせ、そして、つぎに何が起こるかというところからはできるだけ遠ざけてしまうということ。」(*1 p.280)
いやはや、まったく見事な仕掛けだ。美しささえ感じてしまう。前半のマリオンが警察に疑われるシーンでは、窃盗犯のマリオンを応援してしまうから不思議だ。
実話がベース?!
本作は、三面記事をもとに書かれたという。
「ウィスコンシン州のどこかで実際に母親の死体を家のなかに大事にしまっていた男がいて、その実話からヒントを得て書かれた小説だ。」(*1 p.279)
この事件を元に映画化したというのだ。仕掛けをたっぷり用意して。大変な事件だけれど、こんなニュースはたまにある気がする。その記事をこの名作に昇華したヒッチコックの構成力がすごい。
映画だけど、声のドラマ?!
仕掛けの中心は〈燻製にしん〉だが、本作には、オーディオドラマのように声だけでドラマを展開させるシーンが複数ある。どうしてそんなシーンがあるのか。後編では実際に引用して検証したい。
つづく
【参考資料】
*1:フランソワ・トリュフォー『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』晶文社、1981
*2:『サイコ』 監督アルフレッド・ヒッチコック、出演アンソニー・パーキンス, ジャネット・リー, ヴェラ・マイルズ、1960、Amazonプライムビデオ