G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

脚本・宮崎駿「天空の城ラピュタ」シャルルのリストラ問題を考察

※ネタバレがあります *参考資料は文末を参照

 『天空の城ラピュタ』のクライマックス、パズーとシータで暗いラピュタの中を走りまわりますよね。あれ、実は準備稿の段階では、シータではなくシャルルと行く予定だったことをご存知ですか。
 シャルルとは、もっと低く飛べとママに言われたお兄ちゃんです。

 忘れられないシャルルのエピソードは、炭鉱の親方とケンカしたシーンです。筋肉ムキムキで服をやぶいてしまって「誰がそのシャツを縫うんだい?」とツッコまれた親方の腹にウリッとゲンコツをめり込ませる、あれシャルルさんです。(ちなみに、準備稿に奥さんの嫌味な台詞はありません)

初期設定

 制作をはじめた頃、宮崎駿は以下のように書いています。

風の谷のナウシカが高年令層を対象とした作品なら、パズーは小学生を対象の中心とした映画である。ナウシカが清冽で鮮烈な作品を目指したとすれば、パズーは愉快な血わき肉おどる古典的な活劇を目指している。」(*:冒頭)

 企画原案にはこう書かれていたそうです。タイトルも、まだ「パズー」となっています。

「~現在、もっともクサイとされるもの、しかし実は観客達が、自分自身で気づいていなくても、最も望んでいる、心のふれあい、相手への献身、友情、自分の信じるものへひたむきに進んでいく少年の理想を~」(*:冒頭)

 語りたいと言っていた。宮崎駿の脳内では、古典的な冒険物語の骨格をしていたらしいんです。宮崎駿初期の作品に「名探偵ホームズ」ってアニメありましたよね、犬のホームズ。あのイメージでしょうか。
 冒険物語とオーディオドラマの相性は抜群です。宮崎駿さんに「天空の城ラピュタ」クラスの物語を量産してほしくないですか?(絶対しないでしょうけど) 準備稿を拝読していると、オーディオドラマのシナリオなら可能な気がしてしまうのです。ああ、もっと見たい。

シャルルからシータへ

 準備稿を読むと驚くのが、上記に書きましたように、クライマックスです。
 どうしてシャルルからシータへ変更したのでしょうか。もちろん、面白くなったと思いますが、シャルルでも十分に楽しいんです。いやシャルル版の方が、観ていて、冒険っぽさはあると思います。なんとかアクションで勝てた感もでると思うんです。
 なのに、より弱いシータにします?
 わたしの勝手な考えで恐縮ですが、…。30分のアニメならシャルルだったのかもしれません。ですが、より深い映画にするため、シータを選んだのではないでしょうか。

論理的にシャルルは却下 

 パズーの知り合いで一番強いのは、シャルルでしょう。たしかにドーラや親方も強いです。でも連れていくことはできません。実質ドーラより頼りはないが強いのはシャルルでしょう。
 長男でしっかりしていて、優しく、力持ちです。パズーの足りない部分を補ってくれそうです。でも、軍隊相手にどこまで戦えるか、それにロボットの兵隊相手になにができるんでしょうか。
 そもそも、シャルルでは、天空の城ラピュタは崩壊しません。だって滅びの言葉を知らないですものね。

 宮崎駿作品の深い考察をされる岡田斗司夫氏は、宮崎駿の作品は論理でガチガチに固めてあると指摘されています(岡田斗司夫You Tubeのメンバーシップ会員です)。
 岡田氏のように、論理的に考えるとシャルルよりシータが必要です。それに、パズーとシータの成長を描けますものね。ここを押さえているから不朽の名作になったのかもしれませんね。

宮崎駿のキャラクター作り

「ドーラは若い息子たちより元気ですよね。あれもね、いろいろと考えたんですよ。子どもにおぶさってるのはどうかーーとかね。ただ『恍惚の人』以来、老人問題(ママ)が深刻なものになっているでしょう。だから、若いのより丈夫なお年寄りを登場させても悪くないなと思ったんです(笑)」(*:p.79)

 まさか、*から有吉佐和子さんの名著が出てくるとは思いませんでした。宮崎駿はキャラクターを逆転の発想で作った、ということですよね。天才宮崎駿の思考の痕跡をたどると面白いですね。
 ドーラの相手をするお爺さんモトロ・セル誕生の秘密も面白いんです。

「このキャラクターは、初め名前がなくて”じじい”って呼んでいたんですが、亀岡さんに『名前は?』と言われて『じじいですよ』と答えたら『それでは困る』ということで考えましてね。~」(*:p.132)

 亀岡修氏は、『天空の城ラピュタ』の小説版の文章を担当された方です。たしかに困りますよね。困ったときのおまじないは「リテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネト、」いかんいかん、あと「リール」をいうだけで復活してしまいますものね。

 

 

【参考資料】
*:アニメージュ編集部『THE ART OF LAPUTA ージ・アート・シリーズ⑦ー』徳間書店、1986