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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

なぜ鬼を殺してはいけないのか?「桃太郎」裁判『昔話法廷』より

 走行中の列車で放火、何十人もケガさせようが、私たちにはリアリティがない。「京アニ事件」以来、ガソリンを販売する際には身分証の提示を求める法律ができた。模倣犯を防ごうとしても、ライターオイルが使われてしまう。
 犯罪を防ぐには限界がある。
 それでも、考えることは大切だ。
 どんな条件が重なったときに犯罪が生まれたのか。そのヒントとなる作品『昔話法廷』「桃太郎裁判」を取り上げてみたい。

www2.nhk.or.jp学校の教材としても使用されるらしく、無料で鑑賞可能

(※以下、ネタバレあり ※参考資料は一番下に)

あらすじ

 「鬼退治」と称して凶悪な事件を引き起こした桃太郎は、死刑か? 検察官と弁護士が証言者に質問する形で進行する物語。
 殺害された鬼の嫁は差別で殺されたと主張。ただ、鬼の悪事に苦しむ村人のことも理解している。桃太郎の母は、みんなのために立ち上がったのだと主張。鬼への偏見は苦しい生活からだという。
 桃太郎と同罪のイヌたちはなぜか不起訴が決まっている。イヌは、刀が怖くて渋々ついて行ったというのだ。しかも、鬼は親切だったと証言した。
 ついに、桃太郎が証言台に立つ。村人が鬼の被害で困っているのを黙っていられなかった。本来は死ぬはずの命、つかいどころはここだと思った、という。
 だが、桃から生まれたあなたは何者か? と追求され答えに窮する。桃太郎も鬼と同様の差別をうけていたことが判明。涙ながらに自作自演だったことを証言する。

(*1)

うなってしまう

 複数のブログを読むと、大方褒めているのがわかる。誰もが知る桃太郎にSNSを使った「差別」「いじめ」をミックスさせていた点が白眉、考えさせられる、というのだ。ただ、桃太郎が鬼ヶ島でした行為は侵略というのは見たことあるという意見もあった。
 わたしとしても同様で、柳家三三さんの落語を連想した。昔話に現代的な問題が見事なバランスで組み込まれていたと思う。
 さらには桃太郎出生の秘密に迫るクライマックスは圧巻であった。

結末がない

 クライマックスは圧巻なのだが、結末は描かれていない。「昔話法廷」シリーズ全体にいえることだが、どう考えるか、こちらに問いかけてくるのだ。
 脚本の森下佳子氏はインタビューに答えている。

「昔話法廷」の特徴として、「判決」という結論は出さないじゃないですか。ディレクターから、「番組を見た子どもたちの考える判決が、五分五分に分かれるのが理想」とお聞きして、見たときの印象がどちらかに固まってしまわないようにしなければいけないというのが、他の作品と一番ちがう点でした。(*2)

 自分で考えるしかない。ドラマの構造として、こんな切り方でも感動できることに驚く。

なぜ鬼を殺してはいけないのか

素直に見ていただければいいなと思うんですよ。たぶん、自分が何か響いたところに、その人のコアになる「価値観」があると思います。(*2)

 素直にみれば、「鬼」は「差別」を表現していると考えるべきだろう。だが、もっと広く「哺乳類」と考えてしまう。今回のポイントからズレるのだが、響いた点なのでご容赦ねがいたい。
 個人的な話で恐縮だが、自宅で家庭菜園を楽しんでいる。最近、猫がウンチをしにやってくる。子どもも食べるものなので、役所に相談すると「猫よけシート」や「超音波」などを紹介してくれた。
 もしも、猫の被害に怒り、猫を殺してしまったら? もちろん動物愛護法により罰せられる。でも、ドブネズミなら? 

無罪もありえる?

 「~判決が、五分五分~」とインタビューに答えておられたが、有罪は決まっているように感じた。わたしも有罪だと思う。だが、他の哺乳類ならどうなのだろう。
 話を「生活公害」の話にもどす。猫は可愛い、でも菜園にウンチをされるのは困る。(「猫は室内飼育」したほうが長生きするらしいですよ)
 なにが愛され護るべき動物で、どこが違うのか。

動物愛護法の対象となるのは「愛護動物」ですが、何が「愛護動物」にあたるのかは、第4項に規定されています。
① 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
② ①以外で、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの
(*3)

 これをふまえて、クイズを出されている。

Xは街のあちこちにネズミ捕りを多数仕掛け、野生のドブネズミを多数殺害した。(*3)

 これは合法か、どうか。

ネズミは①には含まれず、哺乳類ですが野生種なので②にも該当しません。誰かの所有物でもないので、Q3の金魚と違い、器物損壊(動物傷害)罪の対象でもありません。無許可での動物の捕獲を禁じる鳥獣保護法という法律もありますが、ドブネズミは対象外とされています(同法80条、同規則78条)。よってこの場合は一切処罰されないことになります。(*3)

 鬼がもしもドブネズミと似た特徴があったとしたら、どうなのだろう。桃太郎が処罰されない可能性もありえるのだろうか。もちろん、ドブネズミには衛生上の問題がある。でもそれは、本当に彼らが望んでやっているのだろうか。
 人間と鬼、ネコとドブネズミ、一体なにがちがうのだろう。

 

【参考資料】

*1:『昔話法廷』「桃太郎」裁判https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005180366_00000 、NHK for school
*2:「昔話法廷」脚本・森下佳子さんインタビュー
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=28494 、NHK_PR
*3:ペットといっしょにお出かけポータルサイト「弁護士石井センセイのペット事件簿 第14回 動物虐待罪の処罰範囲について」https://299navi.com/topics/bengoshi/9778