G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

「英国王のスピーチ」は冒険物語?!

※ネタバレがあります ※参考資料は文末に

あらすじ

 王族の弟(ジョージ)がつっかえながらスピーチをしている。有名なドクターの特訓をうけるもうまくいかない。彼は吃音に悩まされ短気で内気でもあった。妻に付き添われ、仕方なく下町のクリニックをたずねることに。無遠慮なドクター(ライオネル)にのせられ、ジョージは朗読できてしまう。
 王である父が亡くなり、兄が王となる。だが、兄は王に不向き。兄から吃音を馬鹿にされても言い返せないジョージ。ライオネルはジョージの心の闇と向き合っていく。ジョージこそ王に向いていると唆し、喧嘩別れしてしまう。
 だが、望まずしてジョージが王になってしまう。是が非でも吃音を克服しなくてはならないジョージは、ライオネルのもとをたずねる。戴冠式の練習をするためだ。二人の友情はもどるが、戦争の足音が大きくなっていた。

 この作品をオーディオドラマでやるとすると大変なことになります。沈黙のシーンが何度も必要ですから。音のドラマで沈黙は、「故障?」となってしまう懸念があるんです。

好き嫌いがわかれる

 リアルな映画レビューサイト「Filmarks」をざっとみると、好き嫌いがわかれる作品のようです。喋れるように訓練するシーンは胸が熱くなる、二人三脚で吃音に向き合い成長するいい話、など。感動的という意見がある一方、盛り上がらない、つまらない、という意見も。
 たしかに、戦争の足音が聞こえているのに「吃音に立ち向かう姿」を見せられても…。という気になってしまいます。
 ですが、意図的なのではないかと思うんです。吃音に向き合った王様の話に見えて、じつはそうではないんじゃないかと。その奥にある彼の心の不安とむきあった物語ではないかと。

クライマックスはどこ?

 不安と向き合った映画である理由に、そもそも吃音を完全にクリアできていない点を押さえさせてください。吃音は現象なんです。そこがゴールではなく、王が謝罪するシーンがある意味クライマックスなのではないかと。
 つまり、ジョージがライオネルの自宅を尋ねるシーンです。ジョージは王になってから、平民であるライオネルに謝罪をするんです。「王の謝罪を待つ者は長く待たねばならない」(*1、1:17:01)なんて言い方ですが。中年男子としては心底お詫びしているわけです。

「~大切な友情をつなぎ止めるために、ジョージは自分の見栄を、あんなに高かったプライドを捨てた。一人の人間として勇気を奮った。これぞ僕たち庶民でもできる英雄的行動でしょう。~」(*2)

 このシーンこそ、クライマックスなのだと思います。ただ、いまいち盛り上がらない。このあと、妻が夫の患者が王様と知って驚くシーンの方が面白いです。さらに、その後の式典でもすったもんだありますし、スカッとしない構成なんですね。

ゆるい構成の理由

 物語の構造がのんびりしたファミリーコメディみたいなので、眠くなる人もいるかもしれません。ですが、実はとんでもない壁に立ち向かう冒険物語でもあります。「ロッキー」や「ベスト・キッド」に似た映画かもしれません。なのにゆるい構成なので、もやっとしている人がいるのかもしれません。
 この物語は、強くなって終わりではなく、吃音を克服できなくても立ち向かって終わるんです。それこそが勝利なんです。吃音がでていても、ジョージは吃音に勝ったんです。
 吃音がどうしてでるのか、パンフレットで名越康文氏は解説してくれます。

「~恐れは何を意味するかというと、一義的には「プライドの高さ」ですね。ジョージは過剰な自尊心の鎧で自分をがんじがらめにしている。その向こう側にあるのはもちろん劣等感ですが、さらにその向こう側にあるのは、いわば「怒り」でしょう。心理的には不安や恐れも怒りの一種です。それは不甲斐ない自分に対する怒りかもしれないし、あるいはライオネルにそっと告白した話からわかるように、少年期に父親から愛されなかった寂しさ、利き手や脚の矯正などを受けた抑圧への怒りかもしれない。~」(*2)

 現代でも、吃音の原因はわかっていません。ですが、発音は問題ではないはずです。その内側、プライドを捨てて、友情の大切さを知る。妻の支えもあって、一生の友人をえる話なのです。
 ラストも素晴らしい。ハッピーに終わるのではなく吃音と向き合い、戦争に突入するスピーチで終わるため、感動と不安がないまぜになっているんですね。

 

 

【参考資料】
*1:監督トム・フーバー『英国王のスピーチ』出演コリン・ファース, ジェフリー・ラッシュ, ヘレナ・ボナム=カーター、2011、Amazonプライムビデオ
*2:パンフレット『英国王のスピーチ名越康文「英国王が抱える吃音コンプレックスは、僕たちの心の声でもある」東宝ステラ、2011