G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

「羽州ぼろ鳶組 菩薩花」が最高に燃える理由をさぐる (後編)

 先週の続きです。
 燃えるポイントを原作小説とオーディオドラマから比較しています。

 (参考資料は、文末にあります)

思わず立ち上がってしまうシーン

・オーディオドラマ版 8回(*2)
 産気づく妻が心配で逃げ帰る源吾だったが、妻に火を消してこいと言われてしまう。
火事が迫るなか妻を任せ、火消しの羽織を回す。源吾が妻を振り返ることはない。
 そんなとき部下の命が危険と知らされ、再び敵地へ行くことを決めた台詞がこちら

兵馬「松永、ここは加賀が引き受ける、いけ!」
源吾「頼む。新庄藩! もう一度、八重洲河岸だ!」
新庄藩「おう!」
源吾「死ぬなよ、バカ息子」

 ここにナレーションがつづきます。

・小説版 p294(*1)

「松永、加賀が受け持つ。行け」
 兵馬はやはり顔色も変えずに凛然と言い放った。源吾はこくりと頷く。
「もう一度、八重洲河岸だ!」

 小説では章が終わります。

 オーディオドラマを聞いていたときは、源吾の「新庄藩!」で、私は立ち上がってしまいました(藩士ではありませんが)。ですから、てっきりあるものだと思っていたのです。原作にはないのですね。
 さらに、オーディオドラマ版では源吾の「死ぬなよ、バカ息子」が追加されているんです。部下の新之助くんを心配しての台詞ですが、生まれる赤ちゃんを指しているようにも思えます。
 小説は小説で、じっくり燃えます。オーディオドラマは、拳をつきあげ声まででちゃいます。燃え方が微妙に異なりますが、共通しているのは「俺も行くぜ感」がみなぎる点です。


ヒーロー登場

 火の見櫓に火をつけてしまう進藤内記。「それでも火消しか」止めさせようとする与市。だが大人数に押さえつけられてしまう。源吾、早く助けにきてくれ、と願っていると

・オーディオドラマ版 9回(*2)

ナレーション その時、門の方が騒がしくなった。
(遠くで)「与市!」
与市「この声は」
源吾「寅、引き離せ!」
寅「おまかせを」
 人を振りほどき放り投げる音
与市「荒神山、寅次郎!」
内記「何をしている。押さえなさい」
彦弥「お前ら、柊さまから手を離しやがれ!」
ナレーション まるで鳥のような影が舞い降り、矢のような飛び蹴りを放つ
彦弥「そりゃ! うりゃ」
与市「ヤマビコの彦弥か、すまねえ」
彦弥「どうってことねえさ」
源吾「与市、心配かけやがって」
与市「松永の旦那、どうしてここに、もどったんじゃ?」
源吾「お前こそどこにいた? どうなってやがる?」
与市「すいません、進藤のやろう、やっぱりとんでもねえことしてやがった」
源吾「人売りか」
与市「ご存知だったんで?」
源吾「与市、詫びも進藤も後だ、とにかく消すぞ!」
与市「へ、へい!」

 源吾だけでなく、ヒーローたちが得意技を繰り出しつつ、再登場。そして、悪を倒すより、まず火を消そうとする。くぅ~、カッコいい!!

・小説版 p322(*1)

 好き好んで死地に入ろうとする者は火消をおいて他にない。
「与市!」
 この声には聞き覚えがある。忘れることは決してない。数多くいる火消しの中で、与市が最も憧れ、最も妬み、最も認めている火消しその人の声である。
「寅!」
「お任せを!」
低く野太い声が応じるや否や、与市の背にかかる圧がふっと無くなる。与市が四つん這いになって顔を擡げると、そこには金剛力士のような鳶が立っている。~(略)(彦弥も同じように説明があり、与市に問いかける源吾へ)~
「お前こそ、どこにいた! どうなってやがる」
「すみません」
「詫びは後にしろ。消すぞ!」
「お宅の火消が中にいる」
「あの馬鹿野郎が……相当時間が掛かるぞ」

 音だけのドラマは原作に比べて、説明が軽くしてあります。音で相当の部分が理解できてしまうからでしょうか。ですが、小説の描写をよむと、ヒーローたちの登場にもっとくれとなります。
 オーディオドラマでは描写がありすぎると、イメージしてもらうのが大変なのかもしれません。

細かい相違点

 源吾が内記に刀を抜こうとするシーン。挑発する内記に、加賀の火消し兵馬が落ち着くように説得してくれます。
 主人公が負けてしまう悔しい場面。オーディオドラマでは、主人公の源吾と敵の内記、説得する兵馬の三人で芝居が進みます。
 ですが小説は、源吾の部下で軍師の加持も「御頭……及ばずながら」と刀を抜こうとしています。しかも加持さんは竹光しか持っていません。それを忘れるほど怒っている珍しい加持さん。もちろん、どちらも名シーンです。
 オーディオドラマは効果音で、主人公の心情を説明できます。ですが、小説ではそうはいきません。人物を増やすことで、わかりやすくしているのでしょうか。

今年度最高に燃えた作品

 『菩薩花』が燃えるうえに名作な理由は、どこにあったのでしょうか。江戸時代の物語ですが、今という時代を感じるからでしょうか。
 火消しという集団はどこか中小企業のような印象をうけます。同じ仕事内容なのに、ブラック企業もいればまともな会社もある。
 また、火消し番付といえばピンと来ませんが、ランキングに夢中になるのは今と似ています。顔もしらない多くの人たちの評判を気にしたり、SNSに一喜一憂したりもします。
 そういうテーマを扱ってくれた上に、盛り上がる仕掛けを組み込んでくれている。だから最高なのでしょうか。

今村翔吾氏へのインタビュー

 YouTube ブックマちゃん『消防士がアイドル!?【羽州ぼろ鳶組】歴史小説作家・今村翔吾先生インタビュー 異色の経歴に驚き!!』「登場人物 熱い男たち」で今村氏は、「〜人の弱さをしっかり描くことが、人の強さを描いて、それが熱さに繋がるのかな」(*3)とおっしゃっています。さらに「俺が熱い男なのかな」とも。楽しいインタビューでしたので、こちらもぜひ。

 

 では、良いお年を

 


【参考資料】
*1:今村翔吾『菩薩花 羽州ぼろ鳶組⑤』祥伝社文庫、平成30
*2:〈https://www.nhk.or.jp/audio/html_se/se2021016.htmlNHKオーディオドラマホームページ「菩薩花 羽州ぼろ鳶組」
*3:〈https://www.youtube.com/watch?v=BWNikDO1GWw&t=497s〉ブックマちゃん『消防士がアイドル!?【羽州ぼろ鳶組】歴史小説作家・今村翔吾先生インタビュー 異色の経歴に驚き!!』