G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

素っ裸になって作った『007 カジノ・ロワイヤル』

 アマゾン・プライムに“007シリーズ”が並ぶようになった。改めて観てみると、ダニエル・クレイグの『007 カジノ・ロワイヤル』が気になって仕方ない。名作は沢山あるが、どういうわけか気になる。
 今回普通に観たあと、音だけで映画を聴いてみた。あることに気がついた。

※ネタバレがあります ※参考資料は文末に

あらすじ

 “007”のストーリーを書くなんて、野暮というものだ。だが、今回は内容を踏まえないと訳がわからなくなるので、あえてさわりだけ。
 これはジェームズ・ボンドという“00”が誕生する物語。冒頭の昇格試験は2人殺しの実績を作ること。めでたく任務につくのだが、お世辞にもスマートとはいえない。上司が後悔するほど荒々しい仕事ぶり。
 ボンドはテロリストの資金源である謎の男の正体に迫っていた。ついに、謎の男ル・シッフルとポーカーで対決。財務省から監視役の美女ヴェスパー・リンドが送り込まれ、資金巻き上げ作戦が開始される。ボンドとヴェスパーは恋に落ちるのだが…。(*2)

音だけで映画を聴く

 DVDのDISCⅡ「ボンド・ガールは永遠に」において、ハル・ベリーが007を端的に語っている。正統な映画であり、旅をして、秘密兵器を使う、と。(*1)よくいえば、オデュッセイアだろう。主人公が悪を倒すため、世界を旅して、問題を解決して戻るのだから。
 これなら、音だけで映画を聴いても、楽しめるはずだ。旅をするなら、NHKの名物番組「音の風景」がある。秘密兵器を使ったラジオドラマなら、かつて『封神演義』もあった。ストーリーもシンプル。
 だが、カジノ・ロワイヤルを音だけで聴いてみると、理解が難しい。正直に告白するが、映画を3回は観ている。その上で音だけで聴いてみる。もちろん筋は覚えている。なのに、どうしてそんなことをしているのか、理解できない。
 “007”全体にいえることかもしれないが、ビジュアルで物語を作っているのではないだろうか?

むちゃくちゃ

 映画の肝心なカジノの部分、これでいいのだろうか、と疑いたくなる。そもそも、むちゃくちゃな話だ。悪者がカジノにいるから、店を出たら逮捕しようとするならわかる。この映画ではカジノに潜入して「巻き上げてやろう」と、血税を賭ける主人公。しかも負けそうになってナイフで刺そうとまでする。
 パンフレットを読んでみると、本作が面白いのは「リアルで魅力的な“人間ジェームズ・ボンド”」だからだという(*2)。奥深い人間ドラマを描いたのは、『ミリオンダラー・ベイビー』や『クラッシュ』のポール・ハギスだ。彼はいう、原作に忠実だと。
 さらに製作のマイケル・G・ウィルソンは、

A・ブロッコリによく言われたものだ「いつでも原作に戻れ」いいアドバイスだから、私も脚本家によく言ってるよ。キャラクターや状況に立ち返ることができる。「ボンド的状況」にね(*1)

名作は素っ裸になって

 原作者のイアン・フレミングは、第二次大戦中、「情報部トップであるゴドフリー提督の目や耳となる役割を果た」したという。(*1)
 とくに本作に影響を与えた部分を、フレミングの伝記を書いたジョン・ピアーソン、アンドリュー・リセットやジョン・コークが証言している。

「任務でポルトガルへ行く。エストリルのカジノに立ち寄ってる。」
「そこにはドイツのスパイらしき男たちがいた。フレミングにはそう見えたんだ。」
「彼はドイツ人相手に賭け、有り金を巻き上げてやろうと考えた」
「でも実際に負けたのは自分だ。物事がうまく運ばない点はフレミングらしい。だが、その経験が『カジノ・ロワイヤル』に~」

(*1、DISCⅢ「イアン・フレミングの驚くべき創造の世界」)

 完全な妄想で勝負をして、しかも負けていたなんて…。

原作者イアン・フレミングジェームズ・ボンド?!

 ここで原作者の話を少々。イアン・フレミングが諜報活動をしていたと書いた。さらに、彼は女性関係も派手であったらしい。ここまではジェームズ・ボンドに似ている。ここからだ、恋愛というか浮気が本気になってしまったというか、中年の危機というか、イアン・フレミングは身を固めることになってしまう。
 そこで『カジノ・ロワイヤル』執筆を始めたらしい。「結婚するという事実を乗り越えるため」「気を紛らすためだ」とも本人は語っていたらしい。(*1、DISCⅢ「イアン・フレミングの驚くべき創造の世界」)
 おっさんのマリッジブルー的なことで生まれた物語だったのだ。

脚色したポール・ハギスはいう

 心に引っかかる物語をつくるには、全裸になる必要があるのだろう。でもそれだけでは足りない。ディテールにフレミングの感じた世界が入ってくる。

1951年のスパイの亡命は衝撃だった。自分と同じように見える人間が、悪人だったからだ。善と悪の白黒ははっきりしている方がいい。だが現実は違う。フレミングはそんな世界にいた。単純さが求められるから、登場人物も単純と複雑の両方がいる。それが魅力だ。(*1)

 つまり、全裸をさらしたうえで、思考回路まで晒す。さらには恥ずかしい家族の秘密も明かす。その証拠に、イアン・フレミングの母親は「M」と呼ばれていた。

 

【参考資料】
*1;DVD『007 カジノ・ロワイヤル』監督マーティン・キャンベル、出演ダニエル・クレイグマッツ・ミケルセン、2006、コロンビア・ピクチャーズ、DVD3枚組スペシャル・エディション
*2;パンフレット『007 カジノ・ロワイヤル』松竹株式会社事業部、平成18年