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〈火曜日に更新〉文責:入江玄

「ボバ・フェット」の第2話が好き

 あれは何年前なんだろう。スター・ウォーズのファンとして、ディズニーのことをダークサイドとよび『マンダロリアン』なんて見てたまるか! 自らのフォースに誓いつつ、1話だけみてしまい、どっひゃー面白すぎるんですけどぉ。ぐうの音も出ないといいつつ『ボバ・フェット』もみて「もう〜、ぐう!!」と。めでたくディズニー帝国へ納税するに到ったのであります。
 で、もう予告だけでもひれ伏すレベルの『オビ=ワン・ケノービ』が始まる前に、やっと落ち着いて観ることができるようになった「ボバ・フェット傑作回」をとりあげてみたいのです。


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※ネタバレありマス
参考にしたのは「ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』第二話 Disney+より

あらすじ

 ボバ・フェット全7話のうちの2話目。1話をうけての政治的(?)なやりとりが前半。とんでもないことになるぞ、と思わせての後半は回想シーン。ボバとタスケン・レイダーの交流の続きが描かれる。
 タスケンの武器、ガダッフィの使い方を習っているボバ。彼にはアーマーもなく、ボロボロになった白い服を着ている。突然、スパイスを運ぶ装甲列車がタスケンの縄張りを横断したうえ、撃ってくる。多くの死者が出てしまった。
 ボバはスピーダー・バイクに目をつける。夜のバーで乱暴狼藉をするスピーダーの所有者たち。打ち倒してスピーダーを盗むボバ。
 スピーダーを使った訓練が始まる。飛びうつる練習だ。武術の鍛錬も忘れない。ボバとタスケンは協力するように教え合う。そこへ再び例の列車が現れる。
 スピーダーから列車に飛び移る、スピード感を駆使したアクション。ついに列車を止める。捕虜にして、通るなら金を払えと言い渡す。上に伝えろと。
 夜、タスケンの長から礼を言われる。祝いの儀式をしてくれて、枝を拾ってくるボバ。そこで白い服から黒い服へ着替えさせてもらう。拾った枝はボバ専用ガダッフィに加工してくれる。
 生まれ変わったボバ、タスケンたちと火の回りで荒々しいダンスをする。

タスケン・レイダーのリアリティ

 スター・ウォーズ正史のファンとしてはタスケンによい印象はない。エピソードⅣではいきなりルークに暴行してきたし、エピソードⅡではアナキンの母を攫ったあげく、殺した過去がある。野蛮な部族と認識してきた。
 だがこのシリーズによって、彼らには彼らの文化があり、長い歴史があって暮らしてきたことを知る。都市部の人間が進出して衝突した、という構図だったのだろうと匂わせたのだ(説明はない)。
 伝統的な製法で作られるガダッフィを丁寧に描いたり、一つ一つの暮らしぶりを描くことでリアリティをだしたからだろうか。少なくとも私は、彼らの歴史にリスペクトを抱いたのだ。

君もタスケン・レイダー

 この回はとくに音とキャストの動きがピッタリ。ラスト、火を囲んで民族舞踊のようなシーンでは、ほんの少し音をずらしているからか、超・気持ちイイ。自分もタスケンに仲間入りさせてもらった気分になれる。この感覚は上質なオーディオドラマに似ている。
 だからこそ、タスケンが死んでしまった衝撃はとんでもなくでかい。最終話で生き残りのタスケンが来てくれるものと信じていたのに。あの子はどうしたのだろう。本当にいなくなってしまったのか…。残念でならない。

列車を使った物語

 どうして列車のシーンにあれほど燃えるのか。根本的に、列車強盗は燃える。映画の歴史を紐解けば、『大列車強盗』 (1903)は外せない。「ディズニー・ギャラリー/スター・ウォーズ:ボバ・フェット」において、砂漠のシーンは不朽の名作『アラビアのロレンス』の列車強盗シーンからインスパイアされたと語っている。
 だが、某ハン・ソロという映画の列車強盗シーン、あれに燃えた記憶がない。何が違っていたのだろうか。
 勝手な予想だが、タスケンとは言葉が通じない。暴力的な人たちだ。だから、前のめりになって相手を観察する必要がある。殴られるかもとピリピリしている。彼らの文化に触れ、一緒に列車を襲うことで本当の仲間になれたのではないか。ただ、列車を襲ったのではないのだ。
 だとしたら、タスケンの全滅はひどい。

 どこかに生き残りがいることを強く願って。