G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

「池田の猪買い」は「はじめてのおつかい」だ

 はじめての場所で、買い物をする。ちょっぴりの緊張とワクワクがありますよね。そんな経験をくすぐり感動へとひっぱりあげる物語って、オーディオドラマっぽいんですよね。今回はそんな2つの物語から、ある法則を導きます。
(*参考資料は文末をご覧ください)

落語「池田の猪買い」と、絵本「はじめてのおつかい」のあらすじ

 体が冷えて困るアホな男が、丼池の甚兵衛さんに相談をした。冷えには猪の肉がよいとされており、薬食いを勧められる。とびっきり新鮮な猪の肉を求め、猟師宅までお買い物へ。
 男は物覚えが悪い。先々で道を尋ね、相手を困らせながら、なんとか池田へたどりつく。
 有名な猟師に直談判して、雪のちらつくなか猪を撃ちに行ってもらう。甚兵衛さんから「新しい肉が効く」と聞いたものだから、今すぐ猪の肉を食おうというのだ。アホが猟について行ったものだから、なんやかやとうるさい。捕りたての猪にさえ「新しいか?」と聞く始末。さてさて。というのが落語「池田の猪買い」(*1、2)。

 絵本「はじめてのおつかい」は、母親に頼まれ買い物にいく女の子の話。ひとりで店まで辿り着くのだが、店内には誰もいない。店の人を呼ぼうにも大きな声がでない。後から別の客がやってきて順番抜かしをされてしまう。はたして…。という絵本が「はじめてのおつかい」(*3,4)。

おっさんと女の子の共通点?!

 アホなおっさんと可愛らしい女の子。キャラクターも全然ちがう二人ですが、共通点があります。それは二人のテンション。不案内ながら頑張るところは似てなくもないんです。
 おつかいにでかけた女の子は少し成長します。おっさんの身体もよい方向に変化しそうです。つまりは二人とも、日常のなかで大冒険をしたのです。

片手間に聴くには向かない

 料理をしながらとか、新聞を眺めながらこの落語はおすすめしません。どっぷり集中するか、せめて洗濯物を干しながら聴くのがベターです。
 わかりにくいことを嫌っておられた桂枝雀氏は、この落語の後半がやや難しいと考えておられました。

「~後半の池田に到着してからになりますと、噺の世界が『雪の山中』とはっきりします。はっきりした方がええやないかとお思いかもしれませんが、そうとも限らないのでございます。」(*1,p26)

 はっきりすると、音だけでその世界を再現して物語についていかないと、分からなくなるのです。もちろん、枝雀氏は落語だけを集中して聞いてくれるなら誠に結構といっておられます。
 「はじめてのおつかい」の朗読を聞いてみると、女の子が音に反応していることがわかります。自分の声が出せなかったりもします(*4)。これも、微妙な表現ですから、集中をもとめることになります。

記憶に残るのは

 物語が終わって、二、三日してから思い出すことがあります。どんな話だったっけ、と。正直に告白すると、後半の記憶しかありません(記憶力に問題が?!)。落語も絵本も、つまりは買い物に行く話。買い物をしている間の記憶が大半を占める(気がしてました)。行く前のやりとりや、道中は少ししかないのだ、と。だから記憶が薄れたのだ、と考えていたのです。
 全然ちがいました。落語で覚えているのは、池田の猟師宅に到着してからの記憶ばかり。なかでも、猪を撃ちにいくシーンを覚えています。
 全体の割合を測ってみると、驚きの結果になりました。全体が30分近くの演目で、猟師宅に到着したのが20分ごろ。猪が出たのは25分ごろだったのです。
 さらに絵本でも、似たことがおこりました。絵本は31ページまでありますが、店の人が登場するのが19ページ。おばさんに牛乳がほしいと伝えたのは25ページ!
 驚くほど、割合が似ていたのです。どちらも全体は「30(31)」、目的地到着が「20(19)」で、アクションが「25」だったのです。(*1、3)
 つまり、記憶に残らない出発前と道中が7割弱を占めていたことになります。メインは3割ほどだったのです。
 だから? って話ですが、物語におけるラストの重要性を再認識した次第です。

 

【参考資料】
*1:桂枝雀桂枝雀のらくご案内』筑摩書房、1996
*2:『落語大全 桂枝雀第三集』「宿替え/池田の猪買い(昭和55年ABC『枝雀寄席』)」東芝EMI、2002
*3:筒井頼子さく、林明子え『はじめてのおつかい』福音館書店、1976
*4:NHK-FM『おとぎの国でおやすみなさい』〈https://www.nhk.jp/p/rs/8VL58JLWVM/episode/re/Y1Q4454J7L/〉「はじめてのおつかい」朗読:岡咲美保(声優)2022年5月2日放送