一身上の『プライベート・ライアン』により解釈させていただきます
監督名とタイトルを聴いた多くの日本人は、「ライアンさんの哀しいプライベートな映画? スピルバーグ味?」と疑問を抱くかもしれない。
アイコンの軍服姿をみて、「なんだ戦争をプライベートな視点でみる系かあ」と、さらなる誤解をしたのは私だけか。
ググってみると「プライベートってのは『二等兵』ってことらしいやん」とわかり、「ライアン二等兵ってことか、ビビらせやがって」などと陰口を叩けるのは、映画を体験する前の話。再生ボタンを押した瞬間から、戦場に放り込まれてしまう。
あらすじもどき
たまにではあるが、上からの指示が意味不明だ。まあ、情報が多い現代に限ったことではなく、限られた情報しかない世界大戦中も意味不明だった。そんな映画。
ノルマンディ上陸作戦のあと、戦争は継続してるが、ライアン君を母親のもとに返そう作戦が決行される。なぜって、四兄弟のライアン君、三人の兄がこの戦いで亡くなったから。一人だけでも母のもとへ返してあげよう、上層部はそう判断したらしい。
ミッションを聞かされ「俺にだってお袋がいるんすけど」といいだす現場の隊員たち。「もう帰ったらええねん!」とブチ切れる一等兵。
映画とはいえ、意味不明な任務を言い渡され、自分も戦場に立つ感覚に陥る。
いつもの「アメリカ様が悪いドイツ野郎を倒す」話ではない。悪い人なんて出てこない。でも殺さなくてはならない相手は、わんさと湧いてくる。
物語として面白くないのに、クセになる。観ているだけでも辛いのに、さらに欲しくなる。現代の私たちも、こういう世界に住んでいるんじゃないだろうか。
ほんの少し、戦争を知った気にさせる映画(*1)。
想像するから苦しい
監督のスピルバーグがどこまで計算していたのか、私には知るすべもないが、物語の設定に乗れず、楽しむことができない観客はいそうだ。
ストーリーが楽しいとか、アガルとか、そういう戦争映画ではない(燃えるけど)。
なんなら、キャラクターの紹介もない。戦争の合間に語る言葉を手がかりにどういう人か探っていく。
なかでもトム・ハンクス演じるジョン・ミラー大尉は謎の人物だ。出身地さえも、はぐらかされる。だからこそ、何をしていた人か告白するシーンは強烈になる。
あの話、もしかしたら嘘かもしれない。ただ、ほら話をしただけかもしれない。とはいえ、みんなは想像してしまう。
【ここからは、ネタバレになってしまうのでご注意を】
ミラー大尉は学校の先生だった。
トム・ハンクスは語りだす。聞き手の隊員たちはまだ若い。自分が卒業した学校の先生とダブらせたにちがいない。一番ステキな先生と。
もちろん観客である私も空想した。トム・ハンクスが担任の先生だった時代。スポーツ大会で先生、コケてたなあ、話せる先生だったよなあ、グッと大尉との距離が縮まったところで銃撃戦!
死ぬかもしれない。息が苦しい。
バーチャル戦争体験
主演のトム・ハンクスはいう、
「第2次大戦は以前から関心があったテーマ」「戦争そのものではなく、人間の体験として描いたような素材はないか、と。この脚本(『プライベート・ライアン』)にはそれが鮮やかに書き込まれていた。ある意味で壮大なアドベンチャー・ストーリーであり、一方ではとても人間的なドラマなんだ」。
(*2、プロダクション・ノートより)
トム・ハンクスがスピルバーグ監督を誘ったという。戦争を体験できるような映画を作るにはどうすればいいか。
監督の方法はシンプルだった。
「今回の作品で僕らが取り組んだのは、ドキュメンタリーの映像作家が用いるような、まさにそんなやり方だった。~(略)〜第二次大戦当時に実際に使用されていたものと、まったく同じレンズ環境になった。さらに戦闘場面の撮影では、1940年代にニュース報道班が使っていたベル&ハウエル社の手持ちキャメラと同じシャッ―・スピードで、ほとんどの戦闘シーンを撮影したんだ。」
(*3、スピルバーグのコメントより)
強烈なこだわりで再現されたD-デイの当日。映画を観た私は、二度も耳が聞こえない体験をした。
耳が聞こえなくなるシーン
やたらうるさい声で命令が飛び交う。
吹き替えで観ていると、叫ぶような声で命令される。
大声をだされても、何を言っているのかイマイチわからない。次々に戦友が死んでいく。
…∃÷≫Ⅰ◆とび★こ∇め!…。
大尉が叫んでいるのに、聞き取れない。
…◯∠えい∞せ∩●∑えへー∫!…。
必死に聴き取ろう、ついていくしかない。
冒頭7分~13分までの上陸シーン。
きっと本当の戦場もこうだったんだろう。地獄絵図だ。
この体験は、2時間31分にもおこる。タイガー戦車の砲撃をくらうのだ。
●シーン158 正常な速度と音の感覚が回復する――
……見上げれば、P-51ムスタングが橋の上空を堂々と飛び去ってゆくところだった。タンクバスター(対戦車襲撃機)だ。すでに頭上を離れてゆくP-51からは、人間の声の響きでななく、轟々たるパッカード・エンジンの頼もしいうなり声しか聞こえなかった。
(*3)
音に最高の仕事をさせた映画『プライベート・ライアン』。
戦争のど真ん中を描きながら、戦争とは距離を置いた作品。戦場ならではのアガル仕掛けはあるのに、強烈な「何やってんだか感」も忘れない。だからこそ、金字塔なのだろう。
【参考資料】
*1:スティーブン・スピルバーグ監督『プライベート・ライアン』(吹替版) 出演トム・ハンクス, エドワード・バーンズ, バリー・ペッパー 1998(アマゾンプライムビデオ)
*2:パンフレット『プライベート・ライアン』東宝(株) 1998
*3:大型本『プライベート・ライアン』Steven Spielberg (監督作品), David James (撮影), 品川 四郎 (翻訳) 竹書房、1998