G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

落語「地獄八景亡者戯」をオーディオドラマでやるなら

ストーリー

 サバを食べて死んでしまった男。近所のご隠居と一緒に閻魔大王の裁きをうけにいく。あの世を見物しつつ、茶店で三途の川の越え方を教わり、船出をするところで前編が終わる。

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 後編は、六道の辻から、閻魔大王の前へ。四名だけが地獄へ回される。油の釜は、山伏がいい湯加減に。針の山は、軽業師がみんなを乗せちゃって。鬼に食い殺されそうになると、歯抜き師が抜いてしまう。鬼に丸呑みにされると、医師の指導で大暴れ。閻魔大王がでてきてオチ。
(参考:DVD 枝雀落語大全第10集「地獄八景亡者戯」昭和58年収録 東芝EMI、2002)

絵本と落語のちがいが面白い

 落語は、絵本『じごくのそうべえ』の元ネタです。強烈な印象を与える絵本ですが、内容は落語の後編の後半のみ。しかも違いが複数あります。
 絵本では「かるわざしの そうべえ」が主人公として冒頭から登場します。ご隠居はいません。火の車に乗り合わせた四名という設定です。つまり、そうべえさん以外のメンバーは「歯ぬきしの しかい」「いしゃの ちくあん」「やまぶしの ふっかい」。(落語は、前編の主人公らが、フェードアウトしちゃいます。前編に、そうべえさんらの仲間は不在です)
 最もページが割かれるのは「じんどんき」との対決です。落語ではその後、閻魔大王とのオチで終わりますが、絵本は「ねっとうの かま」「はりの山」へ。順序がまるでちがいます。
 さらに衝撃は、落語と絵本でラストが違います。同じ話と思っていたのですが、まるで違います。
 絵本の表紙には「桂米朝上方落語・地獄八景より」とあります。さらにカバーには、米朝師匠のコメントも付いています。なのに、どうしてこんな変更をしたのでしょうか。
(参考:たじまゆきひこ『じごくのそうべえ』1978 童心社

主人公が入れ替わっているのに、気づかない?

 落語と絵本、似た作品ですが、受ける印象は微妙に違います。絵本は、じんどんきとの対決が一番印象的。なにより、絵のインパクトが大きい。ページも使われています。それに対して、落語は地獄を見て回った感じがするのです。気楽な旅をした気にさせられます。
 前回のブログでも考察したのですが、音だけの物語は、人情物が面白い。人物を絞って、深堀りすればさらに面白くなる、のではないかと。
 「地獄八景~」は全くちがいます。壮大な物語で、キャラも豊富です。なのに、耳で聴いて、面白い。
 落語の構成を見てみると、「二人旅」(上方落語「東の旅」)に近いかもしれない、なんて気がしてきます。旅ネタを大型にしたバージョンといいますか。だから、絵本の部分は全体の三割以下なのではないか、と。

木下順二の作品に似たものが

 「えんま大王の大しくじり」と「陽気な地獄破り」というお話がそっくりです。「えんま大王~」の方は民話から放送劇とされ、「陽気な~」は戯曲です(二作はほぼ、同じ内容)。
 ちなみに、「えんま大王~」の初放送は1964年4月7日、NHK・BK(大阪)1時間枠「芸術劇場」でおこなわれました。なんと、えんま大王役は芦屋雁之助
 さらにそれを江戸前の落語にしたこともあるという。ウケはいまいちだったとか(構成は、落語よりも絵本に似ています)。その後、上方落語に似た話があることを知り、米朝師匠とも会ってお話になったらしいです。

モトはどこ?

 盗作云々を言っているのではなく、この話の一番のモトはどこにあるのでしょうか。木下順二は、関敬吾島原半島昔話集』三省堂、1942の「閻魔の失敗」からと書いています。

 おそらく、どちらも民話からきたものなのでしょう。洒落のわかる庶民は、地獄を斜めに見ていたのかもしれませんね。
 ちなみに、矢野誠一『落語手帖』講談社、2009 によると、原話は1839年天保10)安遊山人『はなしの種』の「玉助めいどの抜道」なんだとか。

この話が面白いのは、なぜか

 理由を引用で説明させてください。

現世と縁を切った登場人物たちが、生まれて初めて陽気に自由に手足を伸ばし、けれども後戻りは許されず、知恵を出し合い、力をふりしぼり合って、地獄の閻魔大王に立ち向かって行く。
木下順二木下順二集4』岩波書店、1988の中の解説部分、宮岸泰治「解題」p367)

 だからなんでしょうね。この発言に尽きると思います。ロードムービードみたいなんですよね。
 オーディオでやるなら、前半の旅部分を中心にした方が面白い気がします。閻魔大王なんて出てこなくてもいいわけです。閻魔がいる気がする、行きたくない。でもジワジワ進んでしまう旅。そんなドラマにしてもいいかもしれませんね。

木下順二のラストが最高

 このままでは木下順二作品が盗作をしたような印象しか残らないかもしれないので、ラストを引用させてもらいます。地獄八景を複数みてきて、この木下版のラストシーンが一番カッコいい! と感じています。ネタバレが嫌な方は、木下順二木下順二集4』岩波書店、「陽気な地獄破り」 をご覧ください。きっと図書館にあります。

 

かじ屋 どっちへ向かって歩きだすか、この女の商売ではないが、どうせこの世は綱渡りーー
山伏 この世この世と簡単にいうが、ここは一体この世かあの世かーー
歯の医者 今さらここまで来ておいて、この世もあの世もあるものか。
手づま師 そうよそうよ。ーーさあて、それでは御見物の皆さんがた、お眼まだるうはござりましょうが、いよいよこれより四人それぞれに綱渡りのはじまりーー