ハエの必要性『ハエを飼う女』より
2023年2月28日にNHK-FMで放送されたラジオドラマ「ふれるストーリーボックス」杉原大吾作『ハエを飼う女』が面白すぎたので、考察してみたい。
物語冒頭、主人公らしき彼には、結婚を考えている相手がいる。でも気になることが一つ、彼女のペットが「ハエ」なのだ。
キコ「ヒロシくん? どうかした?」
ヒロシ「キコさん、大好きです」
キコ「おや、どうした急に?」
ヒロシ「あなた以上の女性は、僕のこれまでの人生にいなかったし、きっとこれからも現れないでしょう」
キコ「大げさだね、えへ、あり、ありがとう」
ヒロシ「キコさんと過ごしたこの2年は夢のように楽しかった。きっとこれからも楽しいに違いない」
キコ「きっと、そうだね」
ヒロシ「これからも一緒にいたいからこそ、このことに触れないわけにはいかない」
キコ「うん、なに?」SE 翅音
ヒロシ「キコさん、なぜ、ハエを飼っているのですか?」
キコ「え?」SE 翅音から音楽へ
ヒロシ「部屋の隅に置いてある、あれは果実酒か何かの瓶ですか? その中にいるでしょう? 2、3匹のハエが?」
キコ「ああ、うん。いるよ」
ヒロシ「何かの実験用ですか、それともどこかでイグアナを飼っていて、その餌用とか? それとも副業かなにかで……」
キコ「ペット」
ヒロシ「え?」
キコ「普通にペットだよ」 (*)
ハエは普段どこで何をしているのだろう。道端に犬の糞があれば、たかっている。日常生活をおくっていて、ハエをみることは滅多にない。心配する筋合いではないが、引っかかる。具体的には知らないし、ググる気もないのだが、ハエが果たしてくれていた役割もあったはずだ。
この物語、15分弱しかないのだが、ラジオドラマならではの仕掛けに驚く。だがそこは再放送を聞かれる方の楽しみにとっておくことにしたい。このブログでは、どうして体験したような気になるのか、そこを考えてみる。
まず、内容が結婚直前の悩みっぽいということもあり、ドラマが生まれる予感がする。で、彼女のペットがハエとくる。うーむ、最高の彼女なんだから、ハエくらいなんでもないかもしれない。
でも、結婚を考えている相手なら話は別か。これから、自分もハエを飼うことになるのだから。職場で「犬派か猫派」をやっていれば、なんと答えればいいのか。一番近いのは、カブトムシだろうか、いやイグアナか。どちらにしてもイジられる少数派になるだろう。
キコ「あっそっか。ヒロシくん、これまであんまりハエを飼う人に会ってこなかった?」
ヒロシ「いや、いやいやいや。え? 僕がおかしいんですか?」
キコ「ま、たしかに猫や犬ほどメジャーじゃないのかもね。わたしも、私以外に飼っている人みたことないし」
ヒロシ「ほら、やっぱりそうでしょう」
キコ「いや、会ったことないってだけで、絶対他にもいるよ。だってすっごく飼いやすいんだよ。飼育スペースも取らないし、生きるチカラが強いからそんなに手もかからないし、翅音を聞いていると癒やされるし」 (*)
たしかに飼いやすいだろう。それに、みんなが犬か猫の二者択一などつまらない世の中だ。昆虫やイグアナの肩身の狭さよ。いや、ハエはまた別格か。何と言ってもホームセンターに行けばハエを殺す専門の道具が平然と売られているわけだから(ホームセンターに犬や猫を殺す専門の道具は売られていない)。
いや、ハエくらい、愛する妻なんだろ? 飼ってみたらいいじゃないか、と思う方もおられよう。なら想像してほしい。
パパ「とにかく、ハエを飼うのは変なことではない。これは本心だ。むしろハエは可愛い。大好きだ」
キコ「あーん、嬉しい」
ヒロシ「なら、お父さんも、ハエを飼ってください」
パパ「え? え?」
キコ「うん、いいね、パパ、今度帰ったときに2、3匹持っていくよ」
パパ「待ちなさいキコ、それは、ちょっと、やめなさい」(*)
もちろん、こうなる。「みんなと同じ」から外れるというのは、生きづらいのだ。
これは昨今のマスクを付けるかどうかの議論にも共通する。総理が外してよし、と言っているのに、お客様の様子をみてスタッフに付けさせる企業はまだ多い。もちろん付ける選択肢はあるべきだ、だが付け過ぎな気がしてしまう。
なかには、これからもマスクを顔の一部として、付けるという女子も現れた。ここでは外して大丈夫ですよとお伝えすると、
「でもお、マスクだとお、顔が可愛く見えるから、これでだいじょうぶます。どうもあざざます」とのたまう。
顔が半分隠れているから可愛く見えるという発想は、軽めの詐欺罪にあたらないのか。だが、もしかすると「月光仮面や鞍馬天狗」に代表される日本古来の伝統かもしれぬ。隠す伝統を持っているから日本人はどんどんコミュニケーション下手になってしまうのだろうか。このドラマでもそこが主題になっていく。もっと触れていくべきだ、と。
ヒロシ「ぼくも、なでていいですか」
キコ「え?」
ヒロシ「失礼します(ハエを触る音)ああ、なんか、さわさわします」
キコ「この子たちはクロバエだから、毛がちょっと硬いの」
ヒロシ「(ハエを触る音)あ、あ、脚の先がひっかかります」
キコ「その突起で壁に止まるの」
ヒロシ「くぅ、あっ、眼がツルツルで」
キコ「もういい! 無理しないで」
ヒロシ「まだまだ足りないですよ。もっとよく触れないと」
キコ「気持ち悪いんでしょ?」
ヒロシ「気持ち悪いですよ」
キコ「それなら」
ヒロシ「キコさんが好きだからです」 (*)
ラジオドラマだが、思い切って触ってみるシーンが強烈だ。ここで注目したいのは、ハエを触ることで彼女の心に近づいている、心に触れているのだ。
日本人の空気というものは、ズレているのか、みんなと同じことをさせておけば喜ぶに決まっとる、などと考えてマーケティングしているふしがある。話をして心に触れてみれば、二者択一などありえない。
そもそも、みんなが同じというのは、結構窮屈なものだったりする。ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだから。「ハエを飼っているの」「へえ、飼いやすそうだね」で終われば、ステキな社会に違いないとぼくは思うのだけれど。
キコ「ヒロシくんも、ハエもすき。本当はハエを嫌いになれたらいいんだろうけど、絶対にそうはならないと思う」
ヒロシ「僕も、絶対にハエを好きにならないと思います」
キコ「うん」
ヒロシ「一生、分かり合えない気がします」
キコ「うん。悲しいね」
ヒロシ「悲しいです。だから、なるべく、一緒にいましょう。そして、たくさん話をしましょう」(*)
【参考資料】
*;NHK-FM 毎週月曜~金曜午後9時15分放送中の「青春アドベンチャー」2023年2月28日放送「ふれるストーリーボックス」 (2)
【作】杉原大吾【演出】川岡ゆきみ【出演】桐山漣,内田慈,多田野曜平,福島潤
関連リンク https://www.nhk.jp/p/rs/X4X6N1XG8Z/episode/re/48XZLZVJKM/