G-EXPERIENCE

体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

「クラバート」のレビュー

 あの宮﨑駿が小説の帯に「いい本です。自信をもっておすすめできます」とコメントしている。
 物語:孤児のクラバートは夢のお告げにしたがい粉ひき小屋へ行くと、そこは魔術の学校だった!? 『ハリーポッター』と比べたくなるが、こちらは規模が小さい。学校というより私塾のよう。
 中学生くらいか、3年間という限定された時間の成長物語。初年度は何もわからないまま事件が起こり、2年目になると後輩もできて、少しずつ見えてくる。そして、最後の年。自由と愛のためクラバートは…。

 小説やオーディオドラマ、映画にもなったが、ここまでイメージの変わる作品は珍しい。
 小説はどこか『千と千尋の神隠し』のイメージ、オーディオドラマは『ハウルの動く城』っぽい印象。映画はダーク・ラブストーリーってところ。
 原作は1971年に発表されているので、宮崎監督がどれほど感化されたかは、推して知るべしだろう。

◆徹底比較                

 小説とオーディオドラマ、映画でイメージも大きく異なるのだが、さらに驚くべきは、なんと主人公の性格も違っていることだ。冒頭のシーンを比較してみた。主人公クラバートの感情に注目して読んでいただきたい。

シチュエーションは以下の通り   
 仲間と別れて霧深い森を抜け、墓地のような静けさの水車場にたどり着いたクラバート。中に入ると、黒服に眼帯をした大男が後ろに立っていた、すると↓

①小説

「わしが、ここの親方だ。おまえをわしの弟子にしてやってもよい。ひとりほしいのだ。なる気があるか?」
「なりたいです」と、クラバートは自分が答える声を聞いた。その声は、まるで、まったく自分の声ではなく、他人の声のようにひびいた。
「それで、おまえはわしからなにをならいたい? 製粉の仕事か、それともほかのすべてもか?」と、親方はたずねた。
「ほかのすべてもです」と、クラバートは答えた。
すると、水車場の親方は左手をクラバートのほうにさしだした。
「手を打とう!」

②オーディオドラマ

「あなたがここの親方ですか?」
「そうだ、クラバート」
「あの、どうして俺のことを…」
「わたしの弟子になるか」
「弟子?」
「そうだ、ひとりほしいのだ。お前を弟子にしてやってもいいぞ」
「あの、…飯はもらえるんですか?」
「当然だ。わたしのいう事さえ守れば、食事に寝るところも心配はいらない。さ、どうする? 弟子になるか?」
「なりたいです」
「お前は私から何を習いたい? 粉ひきの仕事か、それとも他のこともか?」
「他のこと? …はい」
「よし、決まりだ、契約の握手だ」
「は、はい」

③映画

親方「来たな、わしの元で見習いとして働くか?」
親方が灯りをつける
親方「どうだ? 何を学びたい? 粉ひきか? それとも別のことも?」
クラバート「別のことも」
親方「決まりだな、怖いか?」
クラバート、前に進み出て「怖くない」と宣言
クラバートから手をだし親方と握手をする

 小説は自分のことを「おらっち」と呼ぶイメージ。オーディオドラマは「ぼく」で、映画なら「オレ」か「ワシ」であろうか。主人公の性格は素朴な少年から、不安そうな男の子、そしてヤンチャな坊主と、まるで異なる。だが、親方の印象はどの媒体でも似ている。

◆家族の闇                

 結婚式の写真で怪しいオーラをだす見たことない人っていますよね。その人の悪口をいう親戚に、どこの誰なのか聞いても一向に要領を得なかったり、あの不思議な感じがこの物語にはある。
 学校のシステムは制服を無理やり着せられるなど意味不明で、嫌味な先輩もいた。かと思えば、頼りになる憧れの先輩や話して楽しい仲間もいた。でも、そこにいれば食い物も寝るところにも不自由はしない。そんな体験をした人なら、共感できる物語ではないか。
 意図的にこの物語には「親の愛」が抜け落ちている。そこが未来への不安と相まって、続きを知りたくさせる。

◆感情をいかに伝えるか          

 感情を揺り動かされる物語であるのは間違いない。物語は、主人公の目線のみで進む。であるから、物語を描くには、主人公の感情の変化をどの程度にするか、媒体で変化させねばならない。
 オーディオドラマ版の主人公はどうしてあんなに気弱なのか、映画版ではあんなに気丈なのに。その答えがここにあるのだろう。
 オーディオは音だけの世界のため、感情がモロに伝わる。映画は、どうしても絵で見せるため、引きになる。オーディオでヤンチャな子をやり、映画で気弱だとすれば、見てられない。音の世界で気弱だからこそ、自分と似た秘かな感情を見つけて安心し、不安になって物語を楽しめる。
 小説はちょうど中間のイメージだった。小説は、一番情報量が多いため、性格をフラットにしておくべきなのかもしれない。