よく分からない感覚をマッサージしてくれる映画『クラッシュ』
なんとも言えない気持ちになる映画ってありますよね。感想が言いにくい映画。そういう「面白い」というか「凄い」作品を紹介させてください。(第78回アカデミー作品賞、脚本賞、編集賞を受賞作) ※少しネタバレがあります ※文末に参考資料を載せています
あらすじがやっかい
複雑な話なので、パンフレットのイントロを引用します。
「~。刑事、自動車強盗、地方検事とその妻、TVディレクター、鍵屋とその娘、雑貨屋の主人……。人種も職業も異なる彼らは、予想もしない角度で交差しながら、愛を交わし、憎しみをぶつけ合い、哀しみの淵に立たされる。神の見えざる手によって人生を翻弄される人間たち。ロサンゼルスの36時間の中で沸騰する、彼らの怒り、哀しみ、憎しみ、喜び……。『クラッシュ』は見る者すべての心を震わせる、衝撃と感動のヒューマンドラマだ。」(*2)
まさにこのとおりなのですが、もっとこうグネグネ~っと複雑なんですよね。
みんなの感想
映画の感想を語り合うSNS「フィルマークス」では、鍵屋さんが娘にマントを渡すシーンに感動してコメントしている人が多かったように思います。
ちょっと説明させてもらいます。何者かにファハドさんが経営する雑貨店が襲われます。彼は鍵屋が犯人だと思いこんでいます。一方、見かけは怖いが心優しい父親である鍵屋のダニエル。ファハドに帰宅を待ち構えられていたのです。拳銃をむけて「店をもとに戻せ」と迫られてしまうんです。そこへダニエルの娘が飛び出してきて、なんとファハドは発砲してしまう。
ですが言葉が通じずに空砲を購入していたファハド。さらに、ダニエルは娘に妖精からもらったマントを着せていた。物語が交差して、ダブルで良かったねとなる名シーンです。ただ、自分で書いていても、よく分からなくなります。
登場人物が多くて、ストーリーが絡み合っているため、複雑で説明が難しいのでしょうか。しかもこれ、一握りのキャラクターですからね。
魅力的なキャラクターたち
自分の感情をコントロールできない人たちがでてきます。わかりやすいキャラクターがいないんです。主人公と呼べる人もおらず、人間が平等に描かれています。
「~、絶対的な加害者や絶対的な被害者は、この映画に存在しない。」(*2;芝山幹郎)
対立の根本にある、見知らぬ人への恐怖や不寛容のラインが現実的で、理解できてしまいます。だからか、愛おしくなるんですね。
特に、マット・ディロン演じるライアン巡査が特徴的です。優秀な警察官ですが、市民に対し差別的で、ボディチェックにかこつけて女性の内股をまさぐったりします。ですが献身的に父親の介護をする一面もあるんです。
人間そのものが多角的に描かれています。
「……不寛容さと思いやりは完全に同居し得る。というよりも、それらが同居していない人間などどこにもいない。」(*2;貞奴)
面白いストーリー
キャラクターが豊かで面白いのですが、ストーリーの構造も楽しめます。よーく考えてみると、実は普通の物語と似た心の動きをさせているのがわかります。
冒頭から説明させてもらうと、衝突事故が起こり、登場する人物が順に描かれます。彼らの置かれた状況を把握していると、すれ違いレベルの衝突が発生しています。あれよあれよという間に、事件に発展してしまいます。で、とんでもない事態です。
ですが、ここから今までバラバラだった物語がつながり、さらに盛り上がっていくんです。群像劇ならではの面白さが発揮されます。そして、ラスト。解決したと思ったら、とんでもないことになって、冒頭へとつながります。
『グランド・ホテル』(1932)という群像劇映画があります。群像劇映画構成の基礎を作った名作で、「グランド・ホテル形式」とも呼ばれます。素晴らしい作品ですが、鑑賞者の心理は乱高下させられて「ん?」となる部分もあります。それが、『クラッシュ』では一つの塊になって心を揺すってくるんです。
FMシアターみたい?!
人種の問題は日本人にはピンとこないかもしれません。感情移入しにくいかもしれません。ですが、土曜の夜10時からNHK FMで放送されている「FMシアター」に近い感情が働きます。
「街に出れば、誰かと体がぶつかったりする。でも心がぶつかることはない。みんな心を隠しているから」「ぶつかって何かを実感したいんだ」(*1)
じ-んと、体の芯に触れてくる作品なんです。
【参考資料】
*1;DVD『クラッシュ』監督ポール・ハギス、出演サンドラ・ブロック、ドン・チードル、マット・ディロン、東宝、2006
*2;パンフレット『クラッシュ』東宝(株)出版・商品事業室、2006