ジェフ・ウェイン「宇宙戦争」(オーディオ版)の比較レビュー
H.G.ウェルズの「宇宙戦争」は、こわい火星人が地球人を侵略する話。タコのような姿を火星人と言いだした、最初のSF作品だ。
初版は1898年というから、これぞキング・オブ・色褪せない名作。
スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演で2005年に映画化もされた。主人公のキャラがアレンジされているが、原作に忠実な部分も多い。概要だけなら映画「インデペンデンス・デイ」も似ている。
今回は、そのオーディオ版を中心にレビューしたい。作品はCD形式で、音楽と台詞の融合、Amazonの評価が★5つの名盤だ。
●実在する赤い草
オーディオ版と小説版、映画版でも、大地が赤い草に制圧されてしまう。これは、スベリヒユから発想したのではないか。
スベリヒユは高温や乾燥に強く、いったん発生すると大量に増える。根ごと引き抜いたつもりでも、残った部分が少しでもあればまた増える。
なにより赤黒い茎の色はインパクトがデカい。抜いても抜いても生えてくる恐怖。
ちなみにスベリヒユ、茹でてポン酢で食うと美味らしい。
・どうやって思いつく?
「キング・オブ・色褪せない名作」と評したが、書かれたのは、世界大戦が始まる前。現代でも通じる構成を作ったH.G.ウェルズすごーい、とかそういうレベルじゃない。
いかにして、この発想に至ったのか。
スピルバーグ映画では、原作のアイディアそのままの部分もある。
・そのまま使われたシーンを比較
火星人が情け容赦なく人間を殺戮してゆく。抵抗できず、隠れている主人公たち。そこへロボットが探しにくる。
オーディオ版
ジャーナリスト:火星人の奇怪な目が窓の隙間に現れ、恐ろしいかぎ爪が部屋を探った。私は牧師を石炭置き場にひきずっていった。火星人が掛け金をいじくるのが聞こえた。暗闇の中で、かぎ爪が壁や石炭や木材などに触れるのが見え――そして私の長靴に触れた! 私はもうちょっとで叫び声を上げるところだった。一瞬静かになり、それからかちりと言う音がして、それは何かをつかんだ。牧師だ! ゆっくり慎重な動作で、彼の意識を失った体は引きずられていった……そして、それを妨げるため私にできることは何ひとつなかった。
(引用 ジェフ・ウェイン「宇宙戦争」ソニーミュージック 翻訳 沼崎 敦子 ブックレット16頁)
小説版
~副牧師は前のめりに倒れ、床に大の字になった。わたしはその体につまずき、息をあえがせていた。副牧師はじっとしたままだった。
不意に戸外で物音がした。(略)ものをつかむ腕の一本が、瓦礫のあいだで曲がりくねっていた。もう一本の腕があらわれ、あたりを探りながら落ちた梁を乗り越えてきた。わたしは石と化して見つめるばかりだった。
(引用 『宇宙戦争』東京創元社 著者H.G.ウェルズ 訳者 中村 融 2005年 234~235頁)
いちどなど、わたしのブーツの踵にさわりさえした。わたしは危うく叫び出すところだったが、手を噛んでこらえた。しばらく、触手は音をたてなかった。引き上げたのだと思いかけたほどである。と、いきなりカチンと音がして、そいつはなにかをつかみ――てっきり自分がつかまったのだと思った!――石炭置き場からまた出ていったらしかった。
(上同 238頁)
スピルバーグ監督の映画版
台詞はなく、部屋にゾウの鼻的な機械が忍び込んでくる。その機械から隠れるというもの。
長靴で騙すシーンもある。(特筆すべきはティム・ロビンス演じるキャラクター。原作でいうところの牧師と再会する兵士を兼用したような複雑な役だ)
オーディオも原作小説も映画も、異星人の攻撃を一人称でとらえている。
見つかっては殺されてしまう、抵抗する術はない。この絶対的な恐怖と解放は、桂枝雀のいう「緊張と緩和」の公式が使われており、エンターテインメント性が高い。
・異様なリアリティ
原作では火星人の地球人への侵略は、ウサギを追う人のように描かれる一方で、倒すシーンもある。
火星人の操る歩行型のマシーンを人間の砲弾が直撃、破壊する。その後、物量作戦に切り替えられてしまうが、火星人は無敵無敗ではない。
どういう意味があるのか。
・ウェルズの主張は本文冒頭にある!
われわれは地球のさまざまな種、それも絶滅したバイソンやドードーといった動物だけではなく、われわれ自身の劣等種族に対して加えられてきた冷酷無残な破壊行為を思い出す必要がある。タスマニア原住民は、人間らしい外見をしていたにもかかわらず、ヨーロッパからの移民が仕掛けた絶滅戦争によって、わずか五十年という期間でこの世から完全に抹消された。仮に火星人が同じ精神にのっとって攻めてきたのならば、それに非を鳴らせるほど、われわれは慈悲心の使徒であろうか?
(引用 『宇宙戦争』東京創元社 著者H.G.ウェルズ 訳者 中村 融 2005年 18頁)
冒頭に答えを教えてくれていた!?
・ウェルズと憲法9条
そもそもH.G.ウェルズは、イギリスの作家というだけでは偉すぎる経歴をもっている。
もちろん、タコ型の火星人やミュータント、改造人間、タイムマシンに反重力など、現在でもSFで使われるアイディアはウェルズの発想が元になっており、「SFの父」の称号にふさわしい。
だが、それだけではないのだ。国際連盟の樹立を提唱した人でもある。ただ言っただけではない。ワシントン会議にも出席。政治的な運動や基金の設立など幅広く活動。なんと、日本国憲法の第9条にも影響を与えたんだとか。
ウェルズは、部屋に閉じこもり物語をつむいだのではなく、社会と関わりながら制作してきたわけだ。つまり、現実をSFで表現していたのだ。
オーソン・ウェルズのラジオドラマ版の放送がパニックを招いたのも、現実的にドイツの脅威を感じたアメリカ人が要因の一つだ。
今後、現実的な問題として、宇宙からの侵略は考えにくい。だが、他国からの侵略はない、と言い切れるだろうか。