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体験した気にさせる物語ってどうなってるの?

スピルバーグ監督「タンタンの冒険」を徹底分析 その3

どこを変えて、どこを残すか?
 『THE ART OF タンタンの冒険』では参考にしたノミの市を絵にしたとき、現実との違いが指摘されています。「〜映画にあるような草の茂ったエリアにはありません。実際には周りに数本の木々があり、玉石で舗装されています」「現実と変えた主な理由は、オープニングをより壮観で華やかにしたかったからです。~」
 いかに映画的にみせるか? 原作から離れる判断をしたこともあったはず! ですが、そうではないといいます。
 「原作本のコマを参考にしなかったわけではありません。それはまったく逆です。~絶えずエルジェに立ち帰っていたのですから」(*3)
 絵は原作を尊重していた。では演技はどうだったんでしょう。


俳優さんの想像力
 タンタンを演じたジェイミー・ベルは映画のセットをみて「ミニマル・アートの舞台のよう」(*2)に感じたと語る。演技をする場所には、イメージの絵があるだけで、実際の小道具はない。相手も自分も衣装さえつけていない。顔にポイントを付け、舞台には金属のフレームがあるばかり。

「実際のセットが自分の頭の中にしか存在しないという点で、すごく面白い体験だったよ。演じている間はキャラクターに命を吹き込むことに集中するわけだけれど、ハートと魂を込めた演技や怒りなどといった感情表現が、3Dアニメーションの世界でも見事に再現されている~」(*2)

 つまり、俳優さんは原作の絵をイメージした演技をされていたのです!


空想を体現させるプロ「アンディ・サーキス
 アンディ・サーキスはパフォーマンス・キャプチャーの第一人者です。彼は演技をする際のポイントを2つあげています。「〜一つは、微妙で小さい演技の方がいいということ。~(略)〜もう一つは、エネルギーを保つこと。~」(*2)。
 大げさにやった方がいい気がしますが、違うらしいのです。オーディオドラマも似ている気がします。効果音で一気に大気圏を突破できてしまうけれど、人間ドラマの方が聴きごたえがあります。
 『THE ART OFタンタンの冒険』には、原作の細かな特徴を拾って、演技に入れていった過程がよくわかります。
 ハドック船長が閉じ込められた部屋一つとっても見ても、その細かさはわかります。VFXアート・ディレクターのキム・シンクレアはいいます「〜ハドックがどれくらいそこに住んでいるのかを考えてみました。〜そこにはまず、船長の個人的な物が置かれているはず〜」(*3)この連想ゲームをやることで、部屋を埋めて行くのです。
 3DCGの技術は当然、継承され進化しています。ですが、別の選択をした物語も出てきました。機関車のトーマスです。


きかんしゃトーマス」が出した答え
 映画「タンタンの冒険」は10年以上前の作品です。現在の価値観はどうなっているのでしょうか。
 変化を選んだ作品に「きかんしゃトーマス」があります。現在(2022年)、Eテレで放送中のトーマスは、立体的な3DCG作品です。ですが、2023年春から平面的な2Dになるといいます。
 子どものために個人的に創作した鉄道の絵本から、模型を動かして映像作品になりました。よりリアリティを求めて3DCGになったのは2009年。そして、来春から2Dのアニメーションになる、戻る、と言ってもいいでしょうか。


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見た目は違うがベクトルが同じ
 話を「タンタンの冒険」に戻します。
 そもそも、原作の漫画とスピルバーグの絵を比較すると、全然ちがいます。漫画は絵としての面白さがシャープに示されるのに対し、スピルバーグは暗闇と光を使ってねちっこく表現しています。この違いは、漫画と映画の違いもあるのでしょう。
 このズレをスッキリさせているのが、同じ方向のベクトルである、ということです。つまり、見た目はちがうけど、食感が同じなんです。
 さらに、ベクトルの終点が同じです。それは、お客さんに「想像してもらう楽しさ」を提供するぞ、という意気込みです。どちらも、想像したくなる絵を作っているんです。
 コンセプチュアル・デザイナーのロバート・ボルドウィンはいう「映画のシーンを概念化するものは、照明と構図なんだ。それは古典的な絵画についても同じことが言える。前景の部分はステージの緞帳のようなもので、前景を暗くすると、場面に奥行きを出すことができるんだ。」(*3)

 「タンタンの冒険」のアニメは見たことありますか? どの年代に作られたアニメも、音楽はクセになるし、可愛らしい絵柄ですが、没入はしにくい。原作漫画や、映画ほどのワクワクがありません。漫画をそのまま(とはいいませんが)アニメにしたのでは、伝わらないのです。
 リスペクトしつつ、映画の文法に合わせて変更しないといけない。本作はアートであり、職人技の大集合でもあるんです。

 


【参考資料】
*1 DVD『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密 スペシャル・エディション』監督/プロデューサー:スティーヴン・スピルバーグ、プロデューサー:ピーター・ジャクソン
*2 パンフレット『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』東宝出版事業室、2011
*3 クリス・ガイズ (著), 山田 敏 (翻訳)『THE ART OFタンタンの冒険』(株)ムーランサール ジャパン、2011